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第三十四話−ウーネ・オズ・クラプス2−

舞台袖から(と、言っても広場に特設されたテントの中からだが)出てきたのは、市松模様の角張ったシルクハットをかぶって、黒いマントを着た細い身形の男だった。

男は、会場の中心にでかかったところで、ある異変に気づいたらしく、さっと後ろ振り返る。

僕は、何事かと思って、男の振り返った方を見た。

トランクが動いている。

……きっと、中に何かが入っているんだ! 僕は、ドキドキしながら、マントの男を見守った。

男は、慌ててトランクを開け、中から赤い塊を取りだす。 かなり大きい。


それを、よいこらせと、担ぎ上げると威風堂々と会場に戻ってきた。

男は、会場の中心にきたところで、観客に向かい、深々と一礼する。 その瞬間、男の担いできた赤い塊の正体がわかった。

ずるりと、男の肩から滑り降りてきたのは、全長六十センチほどの小鬼だった。 そいつは、男の左腕になんなくおさまり、その状態でコントがはじまった。


「やあ! おいらは、カウル! 夢の国から来たんだい!」

「はじめまして、ワタクシ、オッズ・リボリアンというもので……」


まさか。その、まさかだ。

術者と人形が同時に喋るなんて……!

小鬼のやんちゃな声に比べて、男は透き通って、丸みのある声だった。

すると、男は、子鬼の口を手でぱっと抑えた。


「おっと、君は私の次に喋ると決められているだろう?」


「ごめんっちゃ! つい、おいらが先に喋るもんだと……」


小鬼が男の手を振り切って答えると、男は困ったように首をふった。


「まったく、これだから。 上司と平社員の上下関係は絶対、ぜぇーったいなんだからな?」


この調子で彼等のコントは続いた。

その後は、二人が同時に喋るというようなことは無かった。

どうやら、”あの”奇跡は最初だけに用意されたお楽しみだったらしい。

それにしても、本当に腹話術が上手い! おそらく、何十年も修行を積んでいるのだろう。

人形の動きがリアルで、まるで生きている人形と会話しているように見える。

間の取り方や、身振り素振りまで完璧だ。

しかし、僕には最初の奇跡のタネがどうしても解き明かせなかった。

あの男は、どうして二人分の声を操れるのだろうか?

ホーミーみたいに同時に違う音程で声を出すのとはワケが違う。


僕等が、彼等の芸に夢中で見入っていた頃、何処からともなく、一羽のカラスが会場のすみにある木から、下りてきた。 そう、会場が盛り上がっていたのも、つかの間。

そいつは、僕の目の前をかすめて飛んでいったのかと思うと、まもなく何十羽というカラスが木の中から出陣してきた!

ガアガアと言う鳴き声が、広場中を行き交い、まるでヒッチコックの映画でも見ているかのような光景が目の前に広がっている。

そのとたん、ジェシーは悲鳴をあげた。


僕は、カラスを追っ払おうとしたが、カラスも負けじとよって集って、攻撃してくる。

痛くは無かったが、飛び掛ってくるカラスに視界をさえぎられるのと、周りを取り囲まれる圧迫感で気が気ではなかった。

方々から髪の毛を引っ張ったり、肩や頭につかまったり……仕舞いには、周囲の人々から哀れみの目で見られる始末だ。

怖い怖い、怖いよ! 誰か、このカラスを取っ払ってくれ!


――……そう思った瞬間、とある人物が僕の目にとまった。

真っ黒いマントを着た、不思議な帽子の……そう、さっきまで芸をしていたオッズ・リボリアンだ。


彼は、唖然とした様子で僕を眺めている。 一体どうしたことか、と言ったところだ。 彼も、他の客と同じように、ただ僕を見ているだけなのか……? いや、次の瞬間、彼はぶつぶつと何かを口走った。

僕からでは、カラスの鳴き声で彼の声がかき消され、口の動きしか捉えられなかったが、彼が唱えている何かの呪唱(じゅしょう)のおかげで、カラスたちの動きが次第におとなしくなっていく。


……ありがたい!  これで僕は、カラスたちの災難から切り抜けられる。


でも、どうしてカラスたちは逃げ去っていったのかな? 不思議だ……一体、何をしべっていたのかわからなかったけど……あとでお礼を言わなくちゃ!

オッズは、呪唱を唱え終わると、即座にテントの中へ戻っていった。何かを打ち合わせするのだろうか……


僕がそう思った頃には、ほとんどのカラスたちが会場からいなくなっていた。

会場のあちらこちらには、黒い羽が散乱している。

すると、好奇心旺盛な子供が、それを拾い上げて、もて遊んだ。

難は過ぎ去った……子供だって安心しているじゃないか。


しかし次の瞬間、僕の心の中には、なんともいえない怒りのような感情がこみ上げてきた。

何なんだ……これは。 まるで、カラスの羽に触られるのが、プライバシーを汚されるのと同じであるかのような……


「どうしたの? レンディ。怖い顔して」


心配そうなジェシーの声によって、僕は我に帰った。

しかし、さっきの子供に目が行くことは抑えられない。


すると、今度は、子供が僕の視線に気が付いて、動きを止めた。 そして、泣きそうな顔をを見せる……。まずい、泣いてはだめだ!

するとそこへ、その子の母親らしき女がやってきた。


「コラ! カラスの羽なんか拾っちゃいけません!」

「ママ……だって、あのお兄ちゃんが……」


え、僕?


「いいから、さっさと捨てるの!」

「……はあーい」


よかった! ありがたいことに、母親は僕の存在には気づいていないらしく、そのまま子供をつれて立ち去った。

僕は、胸をなでおろしたものの、混乱している会場の雰囲気に飲まれて、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。とりあえず、その場でことが動くのを待つ。

すると、さっきまでテントの中へ消えていたオッズが会場に舞い戻り、どよめいている観客達に向かって、大声で呼びかけた。


「みなさん! 多大なご迷惑をおかけしたこと、真に申し訳ございませんでした。 ですが、今のは、パフォーマンスのうち! 万が一、怪我をしてしまった人がいましたら、手を上げてください?」


一瞬、静かになったかと思うと、会場に集まった人々は、次々と野次を飛ばしたり、ざわざわと何かを話し合ったりした。

しかし、怪我をしましたと、手を上げる者は一人もいなかった。

あんなパフォーマンス……すごいけど……でもやっぱり、僕にはいまいち納得がいかなかった。


よくカラスに襲われる体質だから、あたりまえなんだろうけど……


その後も、すんなりとパフォーマンスは続いた。 しかし、オッズの腹話術は、その後、二分ほどで幕を閉じてしまった。

続いて出てきたのは、”フェザーマン”という、輝かしいばかりの黄緑色をした羽をまとった、サングラスの男だった。

そいつは、スパイダーマンにも負けず劣らずのビックパフォーマンスで会場を興奮の渦に巻き込んだ。

まるで、さっきまでの出来事が嘘だったかのように!

それにしても、彼の芸には目をみはるものがある。

次々と、アクロバティックなパフォーマンスを繰り出したり、屋根から屋根へと飛びわたったり。

最後に彼は、「永久不滅のスタントマンです!」といって、去っていった。


次は、クラウン二人組みの出番だった。

このクラウンたちは、最初、僕等がこの公園にきたとき、チラシを配っていた人たちだ。 名前は、犬の方がビリーでうさぎの方がリヴリーというらしい。

二人のクラウンは、奇妙な音楽にあわせて、踊りながら会場に出てきた。


次から次へと繰り出す、ジャグリングや玉乗りといった、芸をしながら、無言の劇を織り交ぜる。

そのあまりもの滑稽さに、会場中は大爆笑! どうやら、このクラウンたちは大道芸の目玉らしい。

ビリーとリヴリーの芸が終わった後でも、たくさんのファンコールがかかっていた。


続いて出てきたのは、体中に太鼓やドラム、木琴にギターといったさまざまな楽器を背負ったワンマンバンドと呼ばれる一人合奏だった。手にはアコーディオンを持っている。

彼の名前は、ジェームズ。 彼は一番最初、メロディーに乗せて挨拶をした。

簡単に自己紹介し終えると、”小さな世界”や”グリーンスリーブス”といった、童謡から最近のポップスの曲まで、実にさまざまな曲を演奏し始めた。

あれだけの楽器を一度にどうやって演奏しているのか、知りたいところだ。

だが、いくら目を凝らしても、神業としか思えなかった。


会場の人々は、彼の指示により、演奏する曲に合わせて、手拍子したり、歌ったりして盛り上がった。


大道芸のこのワンマンバンドをおおとりにして幕を閉じた。

観客の何人かは帰ってしまった。 しかし、終わってもなお、会場がざわついている。

すると、一人の男の叫び声を引き金に、会場中にアンコールがかかった。

しばらくアンコールがかかっていると、再び音楽が鳴り始め、会場が生き返ったかのように盛り上がった。

歓声と共に、中国雑技の女達や、フェザーマン、オッズとカウルに、ワンマンバンドのジェームやクラウン二人組みが出てくる。

皆、それぞれが会場にまわって握手をしていくと、司会の男が出てきて、言葉を添えて去っていった。


「会場のみなさん! 今日はありがとうございました! また今度お会いする機会まで!」


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