第三十三話−ウーネ・オズ・クラプス−
その後、僕たちはリュックを背負って駅前の広場まで行った。
駅は、学校から歩いて40分ほどのところにあり、その前に大きくひらけた広場がある。 広場の真中には、有名な歴史人物の銅像が立っていた。
広場の一角を取り囲むように人だかりが出来て、にぎわっている。 どうやら、あそこで大道芸が行われているようである。
人だかりから、少しはなれたところで、うさぎや犬のような格好をしたクラウン達がチラシを配っていた。 僕が、ジェシーと一緒にちらしを配っているクラウンに近寄ると、うさぎの方のクラウンが威勢良く話し掛けてきた。
「やあやあ、お嬢さんにお坊ちゃん! ウーネ・オズ・クラプスは初めてかい?」
これ以上は、どうにもならないほど、頬を吊り上げて笑いかけてくる。
あまりに圧倒されるクラウンの雰囲気に戸惑いながら、僕はこくりとうなずいた。 すると、
「そうかい、そうかい! じゃあ最後まで見ていってくれよ」
犬の方のクラウンが、めいっぱいにウィンクして、チラシを二枚手渡してきた。
呆然と渡されたチラシに見入っていると、あることに気づいた。
「ジェシー……これ……」
僕はチラシに指を当てて、チラシの内容をうかがった。
「貴方が、わからないのも無理ないわね」
そう言って、ジェシーは僕のチラシを覗き込んだ。
「これは、彼等の言葉でかかれているの。
まず、"woone"。 これは、"world"を意味していて、次の"os"は"of"、そして最後の"craps"は"circle"ということなのよ」
「つまりは、”world of circle”ってこと?」
と、怪訝な表情で話し掛けると、
「そ! 彼等のファンクラブなら、誰でも知っていることだけどね!」
っと、ジェシーは茶目っ気たっぷりに舌を突き出してウィンクした。
ここだけの話ってことのようだ。
そして、僕は、ジェシーに手を引っ張られ、人ごみの中へと連れてゆかれた。
前列は、比較的年齢層の低い、プライマリーやそれ以下の子供達で埋め尽くされていた。 そして、そのすぐ後ろでは、保護者らしき人だかりがべちゃくちゃしゃべっている。
僕達は、その隙間から大道芸人たちを見ることにした。
「まずは、中国雑技の、リー、スミン、ミョンホ!」
司会の男が、マイクをとり、盛大に会場を盛り上げた。
すると、どこからとも無く、三人のアジア系女性達が現れ、にこやかな表情で観客達に挨拶をした。
使い慣れなさそうな言葉遣いで、一通り自己紹介し終えると、彼女達は、ステージの脇にあった、茶色い皮製のトランクの中から、五十センチくらいの棒を取り出した。十本くらいはあるだろう。
一人の女がそれをすべて担ぎ上げ、中に放り投げたかと思うと、なんとそれらの棒は一本の長い棒に変わった!
後から取り出した、棒のまとまりも、同じような中で一本の長い棒になり、二本の長い棒がそろった。
それを、二人の女達が一本ずつとりわけ、地面に突き刺した。
棒と棒の間隔は、だいたい一メートルくらいである。
二人の女は、もう片方の手で縄跳びのような紐をついになって持ち、その縄の上に今まで待機していた女が飛び乗る。
女はロープ一本の上で、何度もアクロバックなアクションをすると、勢いをつけるために、身を低く保った。
「何をするのかしら」
ジェシーが、ワクワクしながら女達を見つめている。
どうやら、これから大技がはじまるようだ。
僕は、唾を飲んで、女達を見守った。
他の観客達も、女等に見入っている。
女は、腕をぶんと後ろに振って、今までの中で一番低い体勢を作ると、まるで縮められたバネが跳躍するかのごとく、一の字の体勢を作りながら一気に棒の天辺まで昇りつめた。
ゆっくりと、しかし正確に着地すると、女の片足と棒が今にも崩れそうな積み木のような危なっかしくゆれ始めた。
観客達は皆、息を呑んで静まり返っている。
僕は、コレが演技だとわかっていたにもかかわらず、緊張して女達から目が離せなかった。
しばらくして、ゆれが収まると、棒を支えている二人の女が縄跳びを放り投げ、支えていた棒を持ち上げた。
少しずつ、下のほうへと手を滑らせると、二人とも手のひらに棒を乗せた。
徐々に二本の棒が寄り合っていく。
足を広げて棒の上に立っている女は、徐々に足の幅を狭めていき、二本の棒の上に気をつけのポーズで立った。
そして、両足とも一本の棒の上に載せると、ブリッヂをして、足の乗っていない方の棒に左手を置いた。
棒と棒のすきまは、十五センチにまで縮められている。あんなところでバランスを保つなんて神業だ。
ブリッヂをした女は、下のほうで支えている女によって、少しずつ回転し始めた。 下で支えている女は、互いの後を追いかけるようにして、輪を描きながら走り回っている。
だんだんスピードがついてゆくにしたがって、女の髪が、振りの乱され、コマのように早く回転するようになる。
「すごい!」
僕がついそう叫んだ頃には、会場は大賑わいだった。
回転が止まると、女は手だけで棒の上に逆立ちをし、ぽんと飛びのいて空中で一回転から地面に着地した。
すると、同時に完成と盛大な拍手が舞い上がった。
女達は、にこやかに観客達に向かって手を振ると、テントの中へ消えていった。
司会の男は、マイクを手に取り、盛大に声を上げた。
「お次は、天才腹話術師、オッズとカウル……!」