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第三十二話−二つの切欠−

 気づくと、時計の針は5時を指していた。

 やはり、猫は連れて帰るしかない。 ここに置いていくというわけにもいかないし。

 そろそろ 猫をどうにかしないと、とは思っているものの、なかなかことを発展させられない自分がもどかしかった。 親にばれないよう、ジェシーと同じようにクローゼットの中で飼うしかないのか?


 ああ、二度も三度も嘘をつくのは流石に疲れるな。


 家に近づくにつれ、足取りが重くなっていた。できれば、このまま誰かの家に泊まりたい。 いや……?


 そうだ! 何も、"誰かの家" で、育てなくちゃいけないという決まりは無い。 それなら、いい場所が有る!

 僕は、早速、ジェシーの携帯電話に電話をかけた。


"トゥルルル"


「……もしもし?」


「レンディ?」


「うん、そう。 あのさ、思いついたことがあるんだ」


「何を?」


「この前、ジェシーから預かった猫のことなんだけど、シルヴァニア公園で飼うって言うのはどうかな?」


「それ、いいアイディア!」


 ジェシーが歓喜の声を上げた。


「でね、あそこなら誰にも気づかれないと思うし、僕の家からそう遠くないから、面倒も見れると思うんだ」


「すごいわ、レンディ。 私でも思いつかなかった。 わかったわ。 じゃあ、私も堂々と猫を見に行けるってことね」


「そうだよ」 と、僕が言いかけたとき、ジェシーが口を挟んだ。


「あ、そうそう! この前、大道芸サークルのプロデューサーをしている親戚のおじさんが、オックスフォードに来て芸を披露するから、是非見においでっていってたの! だから、レンディも一緒にこない?」


「大道芸?! ……僕、そんなの初めてだよ」


「それならなおさらよ。 とっても面白いんだから!」


僕はジェシーに押されて、ジェシーの親戚であるおじさんがプロデューサーをしているという、大道芸を見に行くことになった。


 大道芸というのは、街角なんかでフリーパフォーマンスを見せることだ。 フリーパフォーマンスとは、主に玉乗りや人形劇、ジャグリングなどのことを言う。

 僕は、テレビでやっているところは見たことがあるけど、生で見たことは一度も無い。

 とっても楽しみ!


−次の日−


 今日も、何故かケビンは休んでいた。

 事情は先生が知っているらしいが、なかなか教えてくれない。

 僕は、何だろうと思いつつ、いつもケビンと一緒にいるリップに話し掛けたが、彼もわからないといって首を振るばかりだった。


「午後の二時から始まるそうよ。 一緒に行かない?」


 4時間目の授業が終わった時、ジェシーが僕の机のところへ来て、話し掛けてきた。


「え、僕、一人で行けるよ」


 今日は、嬉しいことに、午前中だけで授業がお終いだ。


「私についてきてくれるんなら、道を教えるわよ?」


「そ、そんな……」


 結局、僕はジェシーについていくことになった。 嫌だ。

 だって、恥ずかしいじゃないか! 女の子と二人で街中を歩くなんて、絶対にデートしてると思われる!

 ……それに、ジェシーは、頭が良いから、きっと僕は彼女の手の中で思い通りに動かされているんだる でも、それって……?


 ふと、まさかの妄想が頭の中に現れた。

 ジェシーはきっと、僕のことが、好きで、一時も多く僕と一緒にいたいって考えている。

 だから、ついてこないと道を教えないだなんて言う、断りようの無い条件を押し付けてきたんだ。 そうに違いない。

 ……って、そんなハズないか。 ははっ、まさか!

 だって、あの時、ジェシーは言っていたじゃないか。 「私達、ただの友達よ」って! それなら、何もためらうことなんて無い。 そうだよ。

 この先も、きっと友達のままで、いられる。 そうじゃなかったら、僕はどうすれば……


「お昼は、食べに行くの? それとも、お弁当?」


僕は、帰り際に、気になっていたことをジェシーに問い掛けた。


「私はお弁当を持ってきているわ」


「そっか。 どうしよう。 僕は、外食にするつもりだったから……」


 ああ! こういうときは、どうすればいいんだろう?

 僕が、もじもじしながら手いじりをしていると、ジェシーが「それなら……」と、切り出してきた。


「私のお弁当をわけてあげる。 それで良いでしょ?」


「え、ジェシーの? いいよ、そんな!」


 だが、ジェシーは僕が遠慮しているにも関わらず、「いいから」といって、弁当の入った包みを僕の机の上に持ってきた。

 クラスの皆は、既に帰り始めていて、教室の中に残っている人は、まばらになっている。

 すると、担任の先生が教室に入ってくるなり、早く生徒を外に出るようにと、促した。

 そして、僕達も、その流れに乗って、教室の外に追い出された。


 これからどうするとかと思いきや、ジェシーはこんなことを言った。


「中庭で食べましょうよ」


「中庭で?」


「そ。 あそこなら、いても大丈夫よ。 すぐ外に出られるしね」


 僕は、彼女の言った言葉に戸惑いを覚えながらも、結局、学校の中庭に連れてこられてしまった。

 嬉しいけど………でも、ちょっと恥ずかしい。 誰かに見られたら、勘違いされそう。


 学校の中庭は、この字型の校舎に囲まれており、2、3階の北側校舎と南側校舎をつなぐ、渡り廊下の柱が立ち並んでいるところを抜ければ、敷地の外に出られるようになっている。


 中庭は、近くにあるブレナム宮殿のウォーターガーデンを意識して作られていた。 だが、規模は、かなり小さい。

 真中に噴水の出る池と、百日紅の木が一本植えられており、それを取り囲むように校舎を背にした、白いベンチが三つ置かれている。

 ベンチの背後には、深緑色の生垣があり、一階からは、中庭の様子がわからない。


 僕達は、渡り廊下側の正反対である、一番奥のベンチに腰掛けた。 背後は、柵を越えればすぐに鬱蒼とした森が広がっている。


 徐に、ジェシーがお弁当の包みを開いている間、僕は、そわそわしかながら辺りを見回した。


「サンドウィッチが三つしかないわ」


と、ジェシーが独り言をつぶやいたとき、彼女は僕の様子のおかしさに気づいて、「どうしたの?」と、問い掛けてきた。


「さっきから、キョロキョロしてるけど……」


「いや、なんでもないよ」


 僕は、いつもの愛想笑いで返したが、ジェシーはそう、と軽く受け流しただけだった。

 彼女は、変なところで僕を困らせる。 いつもなら、「どうして?」「何で?」と、質問してくるはずなのに。


 あー! こんなところを誰かに見られたら、大変なことになる!

 特にケビンには見られたくない。 奴は、この前もそうだったけど、ジェシーと僕が仲良くしているところに漬け込んで、やたらとからかってくる。 でも、今日は嬉しいことに彼は休んでいる。


 しかし、二人で一つずつサンドウィッチを食べて、(僕の食べたサンドウィッチは、豆入りのポテトサラダだった)、最後のチョコレートサンドを二つに分けて食べ終わる頃になっても、誰かに見られているような様子は無かった。 僕は、サンドウィッチを食べている間、ずっと胃の中のものが逆戻りしそうな気分を味わっていたが、結局、最後まで、何かが起こることはなかった。


 無事に昼食が終わって、僕はほっと胸をなでおろした。

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