新しい世界
今日も彼は本を読む。
ヘタクソで、一生懸命で、想いに溢れた朗読を聞きながら、私は指先で打点をなぞっていく。
彼の声に瞼が重くなり始めた私は、本から指を離すと、すっと彼へと身体を預ける。
***
あの日、彼は病室に入るなり、いつものように謝罪の言葉を口にした。
慌てて帰ろうとする彼を呼び止めると、私は昨日の本を返し、彼に向けてひとつのお願いをした。
――貴方の言葉で聞かせてほしい――
暫く黙っていた彼が、自分の言葉でその想いを紡いでいく。
それは、いつもの朗読と同じような口調で。
私は嬉しさと可笑しさで、声を上げて笑ってしまった。
あれから、貴方はずっと側にいてくれたよね。
一緒に勉強しよう。そう言って点字を勧めてくれたのも貴方だった。
ふたりで学ぶのは楽しかったけれど、でも、私はもう大丈夫だったんだよ。
自分の側に、新しい世界を見つけていたから。
***
背中で彼を感じながら、膝の上で寝息を立てるあなたをそっと撫でる。
私達を繋いでくれた、あなた。
今は、私達の愛娘。
ふたつの温もりに包まれながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。
『私の世界』もこれで完結です。
あえて前編・後編に分けたのは、二つの間で時間が経過していることを表したかったからです。
最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。




