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ヘタクソな朗読
翌日。
頭がおかしいのか、やっぱり男はいつもの時間にやって来た。
ナースコールを使って、追い払ってもらおう。
そう思ってスイッチへと手を伸ばした時、近くで物音がした。
あの律儀な挨拶は男のものだと思ったが、人違いだったのだろうか。
しかし、首を傾げる私のすぐ傍、カーテンの向こう側から響いてきた声は、やっぱり男のものだった。
それはいつも読んでいる、子供向けの本じゃなかった。
それは甘い甘い、大人の恋の物語。
男はそれを何度もつっかえながら、無駄に大きな声で読み上げていく。
いつから聞いていなかったのだろうか。
彼の一生懸命で、想いに溢れた朗読。
私はそれをじっと聞きながら、自身が温もりに包まれていくのを感じた。
目が覚めると、胸の上に何かが乗せられているのを感じる。
手に取ってみると、どうやらそれは一冊の本のようだった。
久しく触れていなかった、私の世界を手の平に感じる。
久しく味わっていなかった、私の世界を鼻で感じる。
失ったはずだった、私の世界が彼の声で甦っていく。
その日、私は一冊の本を抱き締めながら、深い眠りに落ちた。