幸せ
その夜、同じお布団に入った。
昔は一緒に寝てたけど、ここ数年は、別のお布団で寝ている。
けど、今日はわたしがお願いした。
「今日はいろいろあって疲れたかい?」
二人で一緒に寝るには、少し狭いけど・・・わたしはお母さんに近づけるから嬉しい。
けど、今日は何だか気分がいまひとつ・・・何だろ?
あの嫌いな気持ちが胸の中でグルグルしている。
「ううん、大丈夫。
明日、朝の水遣り、わたしがするよ。」
何となくお母さんにばれたくなかったので元気にこたえた。
「そうか、助かる。」
お母さんは嬉しそうに言った。
だけど、少し声のトーンをさげて・・・
「何か聞きたい事でもあるのか?」
「え?」
確か、お母さんは”人間の心の声”しか聞こえないはず。
わたしはお母さんがいくら”我が子”と言おうと、やっぱり体は”竜”。
分かるはずがない。
「なめるんじゃあない。
私はスノーラのお母さんだ、そんなの表情一つ見れば、声一言聞けばわかる。」
あぁ・・・お母さんだ。
私を初めて抱きしめてくれた時と変わらない、お母さんだ。
「あのね、お母さん・・・。」
「なんだ?」
もう、躊躇わない。
お母さんに聞こう。
今日は全て聞くと決めた。
「わたしって、お母さんのお父さん・・・お爺ちゃんを殺したの?」
「あぁ、そのことか・・・。」
いつもキッパリ答えるお母さんが、今はすぐに否定しない。
やっぱり、そうだったんだ。
わたしが殺したんだ、こんなわたしが幸せになっていいのかな・・・?
お母さんに悲しい思いにさせた、そんなわたしが・・・。
「スノーラの・・・スノーラの”まま”と呼んでいる竜を殺したのが、愛する男だとしても・・・スノーラは私を嫌いになるか?」
「え?」
言ってる意味がわからなかった。
「スノーラの本当のお母さん、白竜を殺したのは・・・亡くなった娘の父親だ。
そんな男を今なお私は愛している。」
”まま”を殺したのは、お母さんの”愛する男”。
呆然とするわたしにさらにお母さんは続けた。
「スノーラと出会う前、私は父と二人で森に住んでいた。
まだ、私は娘と呼ばれる年頃。
父と子の小さな家で暮らし、それが幸せと感じでいた。
けれど、ある日・・・本当に偶然であった。
今と同じくらいの季節、大嵐の次の日。
私は嵐で壊れた柵の修理の材料を探しに家の裏の森、その中にある川に行った。
案の定、川には風で折れ、流された木々が川岸に沢山落ちていた。
適当な大きさの物を拾い集めていた時、人を見つけたんだ。
それが、その男だ。
怪我をしていた、慌てて父を呼び手当てをしたよ。
傷から入った菌で男は、高熱を出し生死を何回も彷徨っていた。
死ぬと思った、だけど、男はその度に持ち直した。
熱で朦朧とした意識ではっきりとは、心の声を聞くことは出来なかったがその男からはとても強い生きる意志を感じた。
私も・・・若い娘だった。
その強い意志、それに負けない瞳の輝きに・・・惚れてしまった。
雪が深く降る頃、その男は見事に回復をした。
相手が手の届かない身分の男だと、その時には分かったが遅かった、惚れた気持ちを抑えれなかった。
父は、何度も私を諭したが聞く耳を持たなかった。
さらに数ヶ月、一緒に暮らしたが・・・突如、終わった。
男を捜しに家来は来たのだ。
数ヶ月経ってもなお探し続けられるほどの身分の高い男。
その男は、病床の国王の命を受け、都から伝説で伝えられる百薬長寿の秘薬と呼ばれる『白竜の心臓』を奪いにこの地を訪れたが、何者かに襲われ嵐の夜、川に落ちたらしい。
迎えに来られたらもう、お終いである、逃げれない。
それから、1ヵ月ほど経った時、私は子を身ごもった事に気づいた。
父は、大そう激怒し、心配した・・・そして、最後には喜んでくれた。
父と私で育てていこうと決めた、あの男には知らせなかった。
知らせる方法も無いし、知らせればあの男も私達にも不幸が降りかかると容易にわかっていたからな。
風の噂であの男が、白竜を討ち取ったと聞いた、もう都に帰れば会える事は無いが不思議ともう寂しくなかった。
毎日、毎日・・・お腹を撫でながら楽しみにしたよ、我が子を抱き上げる日を。
秋の終わり・・・もう、いつ産まれてもおかしくない頃・・・我が子が産まれるのを快く思わない者の使者が襲ってきた。
使者の”心の声”聞いて、必死に抵抗した。
使者から逃れることは出来たが、腹に大きな傷を負い・・・今度は私が何日も生死を彷徨った。
父の懸命な看病で一命を取り留めたが、我が子は助からなかった。
私が意識を取り戻した時、我が子はもう既に家の裏に埋葬されていたよ。
抱き上げる間は、無かった・・・後で聞いたが女の子、娘だったらしい。
私に良く似た利発そうで黒髪の可愛い子だった、と聞いている。
悲しみにくれていたが、働かなければ暮らしていけぬからな。
ただ、無心に働いたよ。
襲った使者は、もう現れなかった。
おそらく、我が子が死んだのを知ったからだろう。
さらに季節が廻り、ある冬、町に出かけていった父がいつまでも帰ってこなくなった。
夜明けを待って探しに行くと、森の中で死んでいたよ。
父と同じように町の住民が一人殺されていたらしく、大きな騒ぎになった。
足跡や傷から竜の子供だと、わかった。」
「それ・・・わたし・・・。」
静かにお母さんが頷いた。
「父の遺体は、我が子の隣に埋葬した。
本当は、町の墓地、母と一緒にするべきなんだろうけど、町は遠すぎて・・・私が耐えれなかった。」
あのお墓にはそんな過去が・・・私が近づいてよかったのだろうかと、不安になる。
「再び、無心で働き続けたよ。
そして、ある晩・・・スノーラの声を聞いた。
最初は、父の仇をとろうとしたよ・・・けれど、気づいた。
スノーラの”まま”を奪ったのは、私の愛する男だと。」
「つぐないで・・・わたしをひろったの?」
恐る恐る聞いてみる。
今日は、全て聞くと決めたから。
「いいや、お前を見て分かった。
”さみしい”と泣くお前の声が・・・親を求めるただ子供であると。」
子守唄を囁き歌うかのように教えてくれる。
「一緒に考えてやりたい、
涙を拭いてやりたい、
守ってやりたい、
味方でいてやりたい、
共に成長し・・・愛で包み込んでやりたいと思ったんだ。
だから、お前を我が子とし暮らすことを決めたのだよ。
これが、過去だ。
そして、それを知って・・・スノーラは私を嫌いになるか?」
「ううん、お母さんの事大好き。
大好き、大好きなの。一緒にいると幸せ。」
「国王の命令で色んな人間、竜・・・の運命はおおいに狂い歪められた。
伝説にすがり竜の心臓を食べた国王は、結局、病で死んだそうだ。
だが、狂い歪められたモノ達は、苦しみながらも生きている。
苦しいが・・・私も今、とても幸せだ。
例え『竜は1000年生きたら 人にもなれると伝説』が同じように真実でなくとも私はお前を人として愛している。」
わたしは、久しぶりにお母さんに抱きしめられながら寝た。
本当は、叶わない事と理解いたけど・・・心の中でず~っとこの幸せが続きますようにっと願いながら。