親父
裏道を通り、馴染みの店によるといってお母さんは歩いた。
そして10分くらい歩いた頃、1軒の建物、どうやら色んな雑貨を売ってるお店に入っていった。
「ジーナいるかい?」
木で出来た扉を開けてお母さんは乳母車を押し中に入っていく。
「・・・・ルーナじゃねぇか、死んでなかったのか!!」
野太く大きな声が聞こえる。
昔、森の中でであった人間もこんな感じでお母さんより低い声だったので一瞬ビクリと、怯えてしまう。
お母さんはそれに気づいたのか、優しい手をわたしの頭に乗せてくれて、ポンポンッと「大丈夫だ。」と、なぐさめてくれる。
私は乳母車の隙間から覗いてみると、お母さんよりずっとずっと縦にも横にも大きな人間、茶色の毛むくじゃらで口の周りにも毛が生えていた。
しわも深く多く、でもかたそうな体している。
もしかして、人間でも獣に近い存在なのかも知れない。
だって昔、ままと見た事がある熊って生き物に凄く良く似ている。
「親父さん、相変わらず声でかいな。
”死んでなかったのか”って何て言い方だよ、せめて”生きていたのか”だろ。
それにそんな大声じゃ、娘が怯えているじゃないか。」
「ナニ!?ムスメがいるメデタ、いや相手はダレ・・・うぁ、わぁが・・・あ”~!!!!」
親父さんと呼ばれた人間の声が一段と大きくなる。
たぶん、建物の外にも聞こえるほどである。
驚きのあまり、持っていた大きな箱を足に落とし、痛そうに床に転がりのた打ち回っている。
広くない室内で、しかも色んな品物が陳列しているので被害はさらに増える。
鍋やら桶やら、色んな物が落ちてドンドン、ガチャガチャと酷い音がする。
「何してんの、父さん?」
奥の部屋から人間がもう一人出てきた。
小さくってちょこまかしてる感じの人間、そうリスのような可愛い雰囲気。
お母さんより背は小さいけど、お腹がおっきい。
カボチャでも隠しているのかもしれない、それくらい大きい。
「・・・ルーナじゃない、久しぶり。もう何年ぶりかしら。
小さい頃は毎日、そう姉妹のように遊んでたのに。」
倒れている親父さんって人間を踏みつけ、けれど落ちている鍋等は器用に避けながらお母さんに近づいていく。
「ジーナ、久しぶり。
もしかして、また赤ちゃんできたの?
おめでとう。」
大きなお腹を見ながらお母さんは、ジーナって呼ばれた女性を祝福した。
子供?子供って卵から生まれるんじゃないのかな??
ままは、昔教えてくれたよ、お前は「この卵の殻から生まれたんだよ」って。
また、帰ったらお母さんに聞いてみようっと心に決める。
「そうなの、5人目よ。
男の子ばっかりだから今度こそ、女の子ほしんだけど、こればっかは神様の気分次第じゃない?」
お腹を優しく撫でながらジーナは話した。
目を細め、口の端をあげ、頬を赤らめながら・・・私を抱きしめてくれる時のお母さんの顔にそっくり。
ジーナって人間は、赤茶色い毛だし鼻もお母さんより低いし・・・顔の作りは似てないのに。
「ルーナ、今度こそ赤ちゃん抱きに来てよ。
いつも森で暮らしてばっかりでこっちに顔出さないんだから。」
「あぁ・・・今度こそは、抱かせてもらおう。
娘と一緒に祝わせていただくよ。」
「ムスメ?」
親父さんって人間と同じようにポカーンって顔をする。
親子ってすごいなぁ・・・あんなに熊とリスくらい違うのに同じ顔になるんだもん。
「ここにいる。」と、お母さんは乳母車から私を抱き上げた。
あれ?あれ?あれれれ?
いいの?驚かしちゃうよ、自分と違う姿だと嫌うんだよね?まずくない?
キョトーンって顔になってたと思う。
そして、相手もキョトーンって顔をしてた。
沈黙、誰もしゃべらない時間がうまれる。
「竜じゃねぇか!??」
一番最初に大きな野太い声が響き渡った。
「親父さん、さっきも言ったがあんまり大きな声はよしておくれ。」
娘が怯えるじゃないか、とお母さんは付け加えた。
「ちょっと、竜ってルーナのお父さんを殺し」
「この子は、私の子だ。
父の件は、別の悪い奴だ、関係ないよ。」
ジーナの声を遮るようにお母さんは話した。
何だろ、息苦しい・・・もしかして、お父さんを殺したのは・・・・・。
嫌な考えはモヤモヤ心の中で渦を巻いた。
ここで口を開いて聞いてしまえば、すべての事を知れるはずなのに思うように体が動かなかった。
「この子は、どんな姿をしていようが我が子だ。
名は、スノーラティアナと言う。」
いつものやさしい声でしゃべり、やさしい腕でわたしを抱きしめてくれる。
抱きしめられている私には表情まではわからない。
また、沈黙がおとずれた。
「そう・・・そうなの・・・・。」
今度は、ジーナが先にしゃべった。
「ねぇ・・・ルーナ・・・。」
「なんだい?ジーナ。」
「抱っこさせて貰ってもいいかな?」
「もちろんだ。」
と、お母さんは私をジーナに差し出した。
だけど、それは野太い声で邪魔される。
「おぃ!!竜だろ、危ない!!」
親父さんが大きな体に似合わない程の弱弱しい声でジーナに止める様にと話した。
「何言ってるの?父さん、ユーナのこの顔を見ても・・・本当にそう思うの?
昔と同じ、家族を見る時の彼女の表情じゃない。」
そう、ジーナは言うとわたしを抱き上げた。
思いのほか、重たかったのかちょっとびっくりした顔になるも。
「いいなぁ、女の子なんだー。
男の子も悪いわけじゃないけど、やっぱ仲間欲しいよねー。」
にこやかに私を抱き上げながら。
親父さんは、ただただ心配そうにオロオロとした表情をしている。
未だに床にコケタままだけど。
「そうだな、女の子ははなやかでいいよ。
オモミなのだから、あまり長い事抱っこはしないほうがいいかな。」
そういいながら、お母さんはわたしを受け取る。
「少々大丈夫よ、上の子達はヤンチャで甘えん坊でいつも抱っこしてるもの。
コレくらい平気よ。」
ウインクしながらジーナは言った。
「そういえば、子供達や旦那は?」
「今、子供達は昼間、お母さんに預けてるのよ。
たぶん、広場で遊んでるわ。
旦那は、仕入れに街に出ているの。
母さん達もルーナ達と会えたら喜んだと思うわ。」
会えずに残念と、ごく普通に世間話をする。
それは、尽きる事無い。
途中でわたしは床におろされ店の中を散歩でもしてろと、言われた。
ジーナは、店の扉に”CLOSED”と書かれたドアプレートを出す。
窓から入る太陽の光が少し弱まる頃に渋々と言った感じでお母さんとジーナの話は終わりを告げた。
その間、親父さんはおっかなびっくりわたしを見たり、時折握手を求めるように手を伸ばしてきたりと色々してきた。
最後まで触れることは無かった。
「長居してすまないな。
店も途中で閉めさせてしまったし。」
「いいのよ、どーせ、市場の開いてる日はお客少ないもの。
絶対、赤ちゃん抱っこしに来てよね。」
それに頷くと、お母さんはわたしを乳母車に戻した。
名残惜しそうに別れの挨拶をし、店を出ようとした時――
「ほれっ。」
乳母車の中に紙袋が投げ込まれる。
カサッと軽い音がしてわたしの目の前に落ちる。
「その・・・あ”~・・・なんだ、甘ものとか食えるなら・・・・食え。」
わたしは、不思議で仕方なかった、怖がってるはずだよね?私のこと。
声の主、親父さんを見つめたけど、親父さんは全然違う方を向いているので表情がわからない。
仕方ないのでお母さんのほうに「どうしよう?」と、いった顔を向けると
「スノーラ、受け取っておきなさい。
それに物を貰ったら何て言うんだ?」
「ありがとう、オヤジさん。」
「お・・オヤジさん?」
お礼を言ったら親父さんがまた、間抜けな声を出した。
「ククック・・アッハッハハ~こりゃ可笑しい、”親父さん”って。
『子は親を見て育つ』ってよくいったもんだねー。
うちも女の子が生まれたら気をつけなきゃ。」
ジーナが大きなお腹を抱えて大笑いをし、それをきっかけにお母さんも親父さんも大笑いをした。
何が可笑しいんだろ?