第四夜
氷姫の社交界デビューは、悲惨なものでした。
なぜなら氷姫の着ている白いドレスと同じデザインの色違いのドレスを、『嘆き姫』が着ていたからです。
……ああ、また。
氷姫はその無表情に見える仮面の下で、そっと溜息をつきました。
本当ならばここで泣いて自室にこもればいいのでしょうが、氷姫は感情的には動きませんでした。
もしそんなことをしたとしても、同じドレスを着るという無作法をした氷姫の失態を上手く隠した嘆き姫を好意を無にし、礼儀作法もなにもない姫だと噂され嘲笑われるでしょう。
それでなくても貴族たちの澄まし顔の下にはすでに氷姫に対する侮蔑が隠されているのです。
唯一お付きの侍女だけは慰めてはくれるでしょうが、それだけなのです。
姉姫は『嘆き姫』と呼ばれるほど、心を休める暇がないほど何に対しても優しく庇い心を砕いていました。
妹姫は感情がない人形のような表情でいつもただそこにいるだけの氷姫。
どちらの言い分を信じるかといえば誰でもが姉姫を信じることにまちがいがないでしょう。
今この時も宮廷中の者が皆、冷たい氷姫が優しい姉姫のデザインを盗んでドレスを作ったと思っていることでしょう。そして姉姫の機転によって妹姫の羞恥な行いをないものとして、それどころか仲の良さを見せるために二人で計画したという風に話をすり替えて妹姫の窮地を助けたと褒め称えてるでしょう。
これでまたどんなに嘆き姫が心優しく素晴らしいかという噂が国中に広がります。
そしてまたどんなに氷姫が冷たくずる賢いかという噂も国中に広がります。
姉姫の思惑通りに。
「せっかくの舞踏会を楽しまなくてはなりませんよ」
物思いに耽っていた氷姫に、嘆き姫が優しく声をかけてきました。そして、氷姫の震える手に姉姫が手を添えてました。
それは姉姫が氷姫に心を砕いて少しでも初めての舞踏会に恥をかかせないようにしているように見えました。
けれど氷姫には見えていました。
氷姫の震える手に触れたとたん、満足げに嘆き姫の唇の端があがったことが。
「お姉さま」
「国一番の仕立て屋が私たちを引き立たせる素晴らしいドレスを作ったのですもの。もっと楽しそうになさい。嬉しそうになさい。あなたの氷のような煌めく美しさがこれほどにじみ出るドレスもないものよ?」
ちくちくちく
まさに針でつつかれたような痛みが、氷姫を襲いました。
嘆き姫の言う『氷のような煌めく美しさがにじみ出るドレス』を氷姫だけではなく、色違いとはいえ嘆き姫も身につけているのです。けれど嘆き姫が着るドレスは同じデザインのドレスだというのにそれは全く違った印象を与えていました。深緑の豪奢な模様を織り込んだ絹が重量感を与えつつも裾のひだが軽やかさを与えています。それはまるで嘆き姫のために考え抜かれたデザインのようでした。
あの仕立て屋は私のためにデザインをしてくれたはずなのに
恨みごとの一つでも思ってしまうのは仕方がないというものでしょう。
偶然同じデザインが、ということも無きにしも非ずですが、実際にはそのようなことはおこりえません。
どう考えても嘆き姫がデザインをどうやってか入手して、自分にふさわしい色にしてもらったとしか思えませんでした。
実はもう一人、広間にいる貴族たちとは違う意味で驚いた人物がいました。
それは王座に座る、王様でした。
王様だけが知る真実は、今ここで茶番のように行われている劇物語とはまったく異なるものでした。
どうして姉姫が妹姫と同じデザインのドレスをこの日に合わせて着ているのか、全く理解できませんでした。なぜなら今日妹姫に届けるまでドレスを預かっていたのは王様だからです。ですから偶然似たデザインのドレスが仕上がってしまっのだと考えるほかありませんでした。
そんな偶然を妹姫の失態と受け取った宮廷の貴族たちを姉姫は上手く切り抜けてくれました。
最近城下で騒がれている姉姫ですが、はやり本当は妹姫思いの心優しい姫で、年齢とともに社交が上手くなってどこに出しても恥ずかしくない姫に育ったと王様は満足しました。
こうして初めての舞踏会は表向きはつつがなく終わりました。
けれど噂好きの貴族たちは今日の話を持ちかえり、家族や友人に面白おかしく話して聞かせました。
ある者は嘆き姫がどんなに情け深く妹姫の失態を覆い隠してしまったかを語り、またある者は氷姫が感情一つ表に出すことのないうわさ通りの姫だということを語り、そしてまたある者は氷姫が思っていたものとは全く逆に嘆き姫がいかにドレスのデザインを盗んだかということを語って聞かせたのです。
噂は相変わらず尾ひれをつけて光のごとく素早く広がっていきました。
嘆き姫の思惑も、氷姫の嘆きも飲みこんで。