第三夜
嘆き姫のデビューから三年後のことです。
今度は氷姫が十四歳を迎え、社交界にデビューすることになりました。
嘆き姫の時には国中の腕の立つ仕立て屋を呼んで腕を競わせた王さまですが、その結末があまりにもお粗末だったことに深く反省しておりました。仕立て屋たちのドレスはどれも素晴らしいものでしたが、女性に一つを選べなどと難しいことを言うのはやめようと思いましたし、それにドレスの色が舞踏会で話題になりすぎて翌年にちょっとした騒動も起こりましたので、デビューする娘のドレスは白と御触れをださなくてはなりませんでした。
そのこともあり、氷姫の時には初めから一人の仕立て屋を呼んでおりました。
そして仕立て屋を氷姫に会わせて言いました。
「姫に相応しいデビューのドレスを所望する」
仕立て屋は噂に名高い氷姫の仕立てなど本当は受けたくはなかったのですが、王族との取引は今後の仕事によい方向に影響するだろうとそろばんをはじいたので氷姫のドレスを作ることにしたのです。
ところが初めて間近で見る氷姫の姿に、仕立て屋はいたく感動しました。
煌めく銀髪、白く抜けるような肌、そして真夏の空にも似た美しい瞳。けれどもその瞳には悲しみが見てとれたのです。
十三歳の姫とは思えないほどの悲しみが。
「承りました。私の持てる技量全てを注ぎ込み、姫様に最もふさわしいドレスをご用意いたします」
そうして出来上がったドレスは本当に素晴らしいものでした。
余分な装飾を一切取り払い、布の織とカッティングの美しさが際立った白いドレス。裾の部分だけは二重になって箱織にしたシルクが姫の硬質なイメージを表していました。
これには王さまも満足をして、仕立て屋を褒め称え報奨を与えました。
そしてそのドレスは無益な争いが起きないように舞踏会当日まで姫に見せられることはなかったのです。
舞踏会当日。
氷姫の部屋に王様の使者からドレスが届けられました。
受け取った侍女は氷姫の伝言を使者に伝え、ドレスの入った箱を丁寧に部屋へと運びました。
氷姫の部屋へ行った使者から伝言を受け取った王様は、がっかりしました。なぜなら、氷姫のために誂えた美しいドレスを見たら、氷姫も少しは喜んでくれるかと思ったからです。それほど使者から受け取った伝言は通り一辺倒のお礼の言葉なのでした。
ところが本当のところは違いました。
氷姫という鎧を、妹姫は纏っていただけだったのです。そしてその鎧を外すのは唯一自室にいるときだけでした。
本来の十三歳の姫に戻った氷姫は、本当は感情豊かな女の子でした。
そのことを知っているのはお付きの侍女ただひとりだけです。
侍女が王さまの使者から受け取った箱をうやうやしく運び入れると、妹姫は早速箱を開けました。
そこには見たことがないほどの美しい白いドレスが入っていたのです。
白く輝くドレスをまとった氷姫は、喜びに満ち溢れていました。
なぜなら、父王が氷姫に対してこのようなことをしてくれたのは初めてだったからです。
いつもなら何を置いても姉姫である嘆き姫を優先し、氷姫は二の次でした。
ですから、姉姫の時のように国中の腕のいい仕立て屋がドレスを競うように作らなくても、初めから仕立て屋を一人呼び寄せて自分のために特別に仕立ててもらったドレスというだけで舞い上がるほどの喜びを感じました。
ただ悲しいことに、その喜びを父王に伝えることはできませんでしたが。
夜になり、続々と城に集まる貴族や、すでに滞在している近隣の王族たちが舞踏会場である大広間に足を運びいれました。
そうしてファンファーレとともに社交界にデビューする貴族の娘たちの名前が読み上げられていきました。
同じ白色ですが、どれ一つとっても違うスタイルの美しいドレスを身にまとった娘たちは、頬を上気させて入場していきました。
そして最後に氷姫の名が呼ばれ、入口からゆっくりと大広間に入っていったその時、どよめきが起こりました。
大広間にいる人の視線という視線が、入場したばかりの氷姫と大広間の上位に座る姉姫である嘆き姫を交互に見据えているではありませんか。
そしてざわざわと人をはばかることなく大声で話し始めました。
「なんと……!嘆き姫と氷姫のドレスは全く同じものではないか……!」
「いやいや。氷姫はデビューらしく白だが、嘆き姫のドレスは新緑の落ち着きのある色。その点の違いはあるようだ」
「信じられないですわ。まさか氷姫がここまで慎みのない女性だったなんて……!」
「まさに。いくら嘆き姫の陰に隠れているからと言って、まさかこのような大切な席に同じドレスを所望するとは。嘆かわしいこと。姉姫に恥を書かせて何が楽しいのやら」
この瞬間。氷姫の表情は氷河のごとく凍りつきました。
だれもが姉姫である嘆き姫と同じデザインのドレスを身にまとっている氷姫を非難していました。
嘆き姫は失礼のない程度に氷姫まで走り寄ってきました。
そして誰かに聞かせるように大きな声で言いました。
「ほら。私たちのサプライズに、皆さまが驚かれましたわ。これは成功、ですわね?」
「嘆き姫。それはどういうことでしょうか」
二人の近くにいた貴族が恐れ多くもそう訊ねてきましたが、嘆き姫はその貴族を窘めることなく「これはサプライズなのです」とにっこり微笑みながら伝えました。
「みなさま。これは私と妹姫が二人で考えたサプライズです。こうして同じデザインのドレスを私と妹姫が妹のデビューで着ることで、私たちの仲の良さを皆さまに見ていただこうと考えたのです。驚かれましたでしょう?」
いかにも仲のよさそうな姉妹のように手を取り合っていた二人でしたが、氷姫の表情はあいかわらず硬いものでした。
それでも大広間に集まる貴族たちは嘆き姫の言葉そのままを受け取ることにして、先ほどまでの不愉快な思い――氷姫が嘆き姫に恥をかかした―――に蓋をしたのです。
「さあ、音楽を!」
嘆き姫の高らかな声に、音楽隊がワルツを奏で始めました。
そうして静かな怒りとともに氷姫の十四歳の記念すべき舞踏会は始まったのでした。