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第一夜

ちょっと残酷でちょっと悲しいお話です。

苦手な方はご遠慮ください。

  

 ある小さな小さな国に『嘆き姫』と呼ばれるお姫様と『氷姫』と呼ばれる妹姫がおりました。

 姉姫はゆるやかにうねる黒髪に豊かな水を讃えた湖面のような深い翠色の瞳をした美しいお姫様でしたが、いつも何かを愁いて嘆いているので、いつしか『嘆き姫』と呼ばれるようになりました。

 そして妹姫は、まるでそこだけ色素が抜け落ちたような白磁の肌に銀に輝くストレートな髪、そこだけ夏を思わせるような澄み切った天色あまいろの瞳の姉姫とはまったくちがう美しさを持つ姫でしたが、いつも氷のように無表情で、嘆き姫が嘆いていても素知らぬ顔をする冷たさから、いつしか『氷姫』と揶揄されるようになりました。



 姉姫である嘆き姫は、いつも何かに憂いていました。

 ある時は「雨が降っているわ。このままでは兵隊さんたちが濡れてしまって風邪をひいてしまう。なんてお気の毒なのでしょう」といい、またある時は「窓辺にいるすずめさんったら、口にみみずをくわえているわ。みみずさん、尖ったくちばしで掴まれて痛いでしょうに。これから食べられてしまう運命なんて、なんてかわいそうなんでしょう」と言いました。

 いつも何かを見つけるたびに「かわいそう」と話すお姫様に、周りの人たちは「お姫様はなんてお優しい方なんだろう。あんなになんにでも心を砕いていたのならば、いつしかご自身の心が壊れてしまうだろう。私共がお姫様を守ってさしあげなければ」と思うのでした。

 そして嘆き姫が嘆くたびに周りの人たちはみな「なんてお気の毒なお姫様」といって慰めるようになったのです。


 ところが氷姫は違いました。

 氷姫はそんな嘆き姫からいつも一歩も二歩も下がったところで、一人なにもせず佇んでいたのです。

 どんなに嘆き姫が心を痛めていても、氷姫は慰めの言葉ひとつ姉姫にかけることはありませんでした。

 そんな氷姫に周りの者も構うものはいませんでした。ただ一人彼女のお付きの侍女だけはそばに控えていましたが。

 



 さて、嘆き姫が十四歳になったときのことです。

 小さな小さな国では嘆き姫の社交界デビューのための舞踏会を催すことになりました。

 そこで王様は国中の腕のよい仕立て屋を呼んで嘆き姫に素晴らしいドレスを作るように言いました。

 ある仕立て屋は、嘆き姫の美しい瞳に合わせたエメラルドグリーンと深緑のコントラストが絶妙なドレスを仕立ててきました。またある仕立て屋は、嘆き姫の瞳に宿った愁いを晴らすような華々しい赤をふんだんに使って仕立ててきました。そしてまたある仕立て屋は、他の仕立て屋のドレスのような艶やかさはないものの素晴らしい流線形のカッティングと繊細なフリルをふんだんに使った清楚な白のドレスを持ってきました。


 嘆き姫は言いました。

 「どれも本当に素敵なドレス。こんなに素晴らしいドレスを私は今まで見たことがありません。それなのにドレスを一つ選ぶなんて到底わたくしにはできません。もし選んでしまったら他の二つが素晴らしくないなどと思われてしまうでしょう。そんなことは申し訳なくてできるはずもありません。だけれど一つ選ばないといけないなんて……私には無理ですわ」

 

 その話を聞いていた仕立て屋たちは「お噂通り、なんて思いやりのあるお姫様なんだろう。こんなに思いやりのある姫様の心痛を取り払わなければ」と思いました。そこで

 「王様。それでしたら私めのドレスはお姫様に献上させていただいてもよろしいでしょうか。もちろん舞踏会にお召しいただければ幸いですが」と一人の仕立て屋が申し出ると、

 「王様。私めのドレスも献上いたします。そしてどうかこのドレスを舞踏会でお召しください。私めのドレスがお姫様の美しさを一層際立たせて見せること間違いございません」と言葉を添えました。

 すると今度は残った仕立て屋も負けてはいませんでした。

 「王様。私めのドレスも献上いたします。お噂に名高い嘆き姫であるお姫様の舞踏会にお召しいただければ、こんなに名誉なことはございません」


 驚いたのは王様です。

 それぞれに最高のドレスを作っているのです。そのドレスには途方もない金額と途方もない労力がかかっていました。

 ですから、献上ではなく、王様はきちんと報酬を与えるつもりなのです。

 だいたい作れと命じたのは王様です。それなのに献上されてしまっては今後の取引にも差しさわりが出るでしょう。


 その時、嘆き姫のほうを見てみると、嘆き姫の扇子に隠れた口元がにやりと笑っているように見えましたが、心の優しい姫がこの状況で笑うなどということはないと思いなおして仕立て屋たちのほうを向きなおしました。

 すると仕立て屋たちは王様の関心が自分たちに向いていないと思ったのか、口々にお互いのドレスをけなしあっているではありませんか。


 「そんなけばけばしい赤など、十四歳のお披露目舞踏会には全くもって相応しくはない」

 「何を言う。そのドレスこそ、たしかにカッティングにおいては素晴らしい出来だと思うが、結婚式に着る白ではないか。その色を選ぶなど愚の骨頂としか言いようがないわ」

 「いやいや。その緑のドレスはいただけない。品もなければ若さも感じられないではないか。深い緑など若さの前には跪くほど重いものだということがどうしてわからないのか」


 いつまでもつづく言い争いにうんざりした王様がそろそろ文句も言い尽くしただろうと声をかけよう椅子から身を乗り出しました。

 すると、隣の席から悲しげな泣き声が聞こえるではありませんか。


 王様の驚いた声と姫の泣き声に、喧々囂々と言い争っていた仕立て屋たちはその口をぴたりと閉じました。そして嘆き姫が自分たちの言い争いに心を痛められて泣いていることを理解したのです。


 「言い争いは嫌いです。そこから何も生まれません。この争いの原因が私であるということが何よりも情けなく辛いことです。どうか今すぐこの争いをおやめ下さい」


 その言葉に仕立て屋たちはお互いの顔を見合わせて、気まずさから顔を俯けてしまいました。

 

 「それではこうしましょう。その三着とも舞踏会で順番に着たらどうかしら。どのドレスが一番かは当日まで内緒にして。けれど同じ時間分着ることにしましょう。そうすれば公平になると思うのですがいかがでしょう、皆さま方」


 王様はこれにはどう返答していいか悩んでしまいました。

 だってドレスは一着あれば十分だからです。

 それなのに残り二着を買うとなれば、不必要な経費を国庫から出さなければなりません。それはとても無駄に思えました。

 しかし仕立て屋たちが言うように献上してもらうことにも抵抗がありました。

 なぜならその言葉をうのみにしてしまって手に入れてしまうと、今後はそれを持ち出して次の仕事をもらおうと仕立て屋たちが考えていることなど手に取るように分かるからです。


 そこで王様は言いました。

 「皆の者。今回は御苦労であった。どれも素晴らしい出来で一着に絞るには本当に心苦しく思うが、当初の予定通り選ぼうと思う。―――――その白いドレス。初々しい中にも華やかさと可憐さがある、まさにお披露目のドレスに相応しいと思えるが、どうじゃ」

 嘆き姫に問いかけると、嘆き姫は扇子で顔を隠しながらもこくりと頷いて見せましたので、それを了承と受け取って王様は言い渡しました。

 「ではその白いドレスで決まりじゃ。報酬はあちらにいる者が渡す故、そのままさがってよい。御苦労であった」

 

 仕立て屋たちは頭を深々と下げて報酬を受け取り城を後にしたとたん、この話を家族に言って聞かせました。

 嘆き姫がどんなに自分たちのことを気にかけてくださっていたかということを。

 

 そしてこの話は瞬く間に心優しい嘆き姫の逸話として国中に広がりました。


 

 

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