いたずら
いつも先生に自分ばかり怒られる小学校5年生の男子、いっそいけないことをしようと思い行ったのはお菓子を食べることだった。それを小学校3年生の女の子に見られた、やがて仲良くなり、二人でどろぼうを捕まえることになる。最後のいたずらは土手いっぱいに向日葵の花を咲かせることでした。
ともかく、学校でだめだということをしたかった。物を盗むとかそんなことじゃない。普通に家でならいいことで、学校じゃいけないことをしたかった。
考える間もなく、それは決まった。お菓子を学校に持って行くことだ。東京に転校してまもなく二年、僕は五年生で三学期を終える頃なのに、いまだに学校に慣れていない。
「勉強に必要でないものを、持ってくるな。」
漫画とお菓子とおもちゃがそうだった。漫画やおもちゃは、見つかると取り上げられ、ひどいときには、目の前で破かれ壊される。それが僕がいる小学校だ。
必ずクラスには、告げ口する奴がいる。たいていそいつらも、違反をしている。違反をしているけれどその子たちは、クラスで上層階級の生徒たちで、怒られ方が絶対に違う。
「いつもおりこうさんの本田君が、珍しいわね。今度はしてはいけませんよ。」
と怒られる。でも僕の場合は、
「どうしていつも、山野は悪いことばっかりするの!」
となってしまう、僕は要領が悪い子だ。
やるんなら六年生になる前、今しかない。いよいよいその日がやって来た。学校でおやつを食べる、それを実行するのだ。
何を持って行こう?キャラメル、これは包み紙を隠さないといけない。おせんべいは、ポケットに入れるとすぐに割れる。チョコレートは、食べた後匂いがしてすぐばれる。難しいものだ。
ああこれがいい、僕が選んだのは、駄菓子のラスクだった。これなら紙にくるんでも、ポケットに入れても大丈夫だ。ラスクに決めた。
食べる場所は校舎の裏、狭い場所だが目の前に塀があって、外からも見えない。校舎の端っこだから、窓もない。クラスで浮いている僕には、一人になれる場所だ。
昼休み、クラスの子たちはみんな校庭で遊んでいる、天気も良い。
校舎の裏に出た、土台のコンクリートに腰を下ろした。僕の前には野草の花が咲いている、春らしい日だ。
一口かじる、おいしい。たぶん僕はニコニコしていただろう。僕は、家でも持て余し者だ。ニコニコしていても涙がにじんできた。どうせ僕は悪い子だ、僕はお菓子をかじり続けていた。
「あっ、お菓子食べてる。」
下級生の女の子が二人いた。
「うっ。」
ラスクがのどにつかえた。
「いけないんだあ、いけないんだ♪。」
「先生に、言っちゃお♪。」
「言うなよお。」
「じゃあお菓子くれたら、黙っててあげる。」
可愛い顔をして、したたかな子だ。
三人揃って校舎裏でお菓子を食べていた。人が見たら、奇妙な光景だったろう。
「ねえ、あなた五年二組の山野君でしょ。」
「なんで知ってんだ?」
「へへへ、なんでかなあ。」
何も答えないな。
「君は?」
「私は、二年二組の高野響だよ。」
同じ二組か、じゃあ、兄弟学級の行事で会ったのかも。三歳年下なのに、しっかりしている。
予鈴のチャイムが鳴った。
「じゃあ。ありがとね。」
ぼくらは、教室に戻った。ばれて怒られたとしても、今日は平気だ。いつもは、悪いことをしていなくても怒られる。でも、今日は最初から、いけないことをしようと思って、おやつを持って来たのだから。
帰りの会が終わり、下校時刻になった。みんな仲間と帰るのに、僕はいつも一人だ。
東京へ転校してから僕は、環境の変化についていけなかった。いまだに東京の暮らしに慣れず、クラスにもなじめないでいる。
唯一、合唱コンクールのために設立された合唱団で、ボーイソプラノを歌っているくらいしか、取柄がない。
かろうじてそれが、僕をクラスに留めていた。楽譜は読めないけれど、音程はしっかり取れた。女の子よりも高い声が出る、その時だけは自信を持てた。
誰かが、後ろについてくる気配を感じた。振り返ると、昼間の女の子、高野響がいた。
目が合うとニコッとした。
「なんだよ。」
僕は照れ笑いをした、何でだろう?かなり恥ずかしいと感じだ。
そんなことが、しばらく続いたある日、とうとう響は、僕の家のすぐ近くまでついて来た。
「私の家ここよ。」
こぎれいな家だった。僕の家の裏、三軒隣の家だ。めっちゃ近いじゃん。
僕は四年生の時、関西から東京へ父の転勤で引っ越してきた。その後父親が会社で干されて、家で怒ることが多くなっていた。家庭の空気が重たくなり、僕が荒れたのもそういう家庭の事情が原因だったのだろう。
五年生が終わる今は、少し家庭が明るくなった。父が会社で、また仕事を任せられるようになったということだ。そんな状況だったから、前の学校での生活が、より懐かしく思えていた。
「裏の高野さんて知ってる?今日、そこの子と途中まで一緒だったよ。」
「ピアノの先生のお家ね。」
母は、学生時代合唱部でピアノを弾いていた。そんなこともあって、母親は響の親と話が合ったのだろう。
へえ、響きは育ちがいい子なんだ。そういえば、学級委員のバッジも付けていたっけ。
学級委員と校則違反、なんかやったあ、みたいな満足感があった。
しばらくは、下校時に会うと、互いに相変わらずニコッとしては二言三言話して、いつも響の家の前でバイバイしていた。
少なくとも嫌ではない。だけど、廊下ですれ違う時は互いに無視してる。ニコニコしたらいけないんだ、知られちゃまずい、そういういう思いがあった。
全校集会の時は、兄弟学級が向いあって横五列に並んで座る。五年二組の前には、二年二組が並んで、響は先頭で立って学級旗を持っている。やっぱできる子なんだ。すごいなあ、と思い見ていたら目が合ってニコっとされた。大勢いるからさすがに恥ずかしい、顔を下に向けた。
「どうしたんだよ?」
傍らの男の子が聞いた。
「いや、なんでも。」
絶対ばれたくない、響と仲良くしている訳じゃないが、とやかく言われたくない。五年生なのに二年生と下校している、ニコっとされて、にやけてるなんて知られたら、絶対からかわれる。
春らしくなった三月の夜、回覧板が回って来た。持って来た人が、『〇〇さんと〇〇さんは先に回したから、次は高野さんにお願いします。』と言った。母に話した。
「ねえ、次高野さんだって。」
「いいわ、夜だし、お母さんが後で持って行くわ。」
「いい、僕持って行く。」
「お母さんが持って行くから。」
「いい、僕持って行く!。」
洗面所に行って、髪を手でなぜた。髪の毛が跳ねてる、手を水に濡らして整えた。近所なのに、小走りで響の家に行った。
クラスで気になる子がいない訳じゃない、その子も家の近くだ。だけど、近くまで行く勇気もなかった。家の前をうろちょろしてると思われたらどうしよう、って考えていた。でも響の家に行くことは、気にならない。
響の家の前に着いた。どうしよう、夜だけど大きな声で、『こんばんは』って言った方がいいのかな。恥ずかしいな。
「こんばんわあ。」
少し声がうわづっていた。
「はーい。」
響が出てきた。別に驚いた様子もなく、扉を開けた。
「回覧板持って来た。」
「ありがとう。」
「何してたの。」
「ご本読んでた。」
「高野さんの家、ピアノ教室しているの?」
「そうだよ、お母さんがね。」
「響も習ってるの?」
「気がついたら,弾いてたかなあ。」
すごい、僕は一か月で辞めたのに。
「山野君は、歌がうまいよね。」
「えっ、聞いたことあるの?」
「合唱団の練習、見たことあるの。ほら第一音楽室で、いつも練習してるでしょ?」
「うん、昼休みとか放課後練習してるよ。」
「山野君のソロ、聞いたことがあるのよ。」
区のコンクールの練習をしていた時だ。
「友達と聞いてたんだけど、あれ山野君っていうんだよ、いい声だねって話してた。」
「あ、ありがとう。」
それでか、僕の名前を知っていたのは。
「響、だあれ?」
「山野君」
「そう。」
奥の方から、お母さんの声がした。でもこちらに出て来ない。響はお母さんから、よほど信用されている子なんだな。
何分くらいだろうか、玄関で話していた。
これ以上長いと、やはり変だよな。
「じゃあ、これで。」
「お休みなさい。」
その夜、布団の中で、何度も『お休みなさい』の声を思い出していた。思い出しては布団に顔をうずめていた。
いよいよ三学期の終わり、それぞれのクラスで、お別れ会の準備が始まった。
「なんでうちは演劇なんだ。」
「女子は、お化粧したいからだろ。」
「女の子に賛成する奴もいるし。」
ああ、上層階級の本田君たちだ。勉強もできるし、運動も得意、女の子に人気がある。
「音響担当は山野君で。」
本田の奴、かってに決めやがって。
「うん、山野君なら歌も得意だし、音響はうってつけだね。」
悪い気はしないけど、正直面倒くさい。でもなんでシンデレラなんだ。本田君が王子様で、気になっていた子がシンデレラだ。
放課後僕は、放送室でCDを選ぶことになった、なんで僕だけなんだ。
台本を見ると、馬の蹄、強い風の音、軽快な音楽が流れる、とか書いてある。これ全部選ぶのか。してやられた、めんどくさい仕事を押し付けたな。
戸の開く音がした。
「あれ、山野君いたんだ、何してるの?」
響だった。
「クラスのお別れ会でやる劇の、音楽とか効果音とか選んでるんだ。響きは何の用?」
「劇やるんだ、いいなあ。私は校歌の楽譜取りに来たの。学年集会でピアノ弾くのよ。」
やっぱり響きは、すごい子なんだ。
「ねえ、選ぶの手伝って上げようか?お母さんの弟が、放送局の音響やってて、お話聞いてたら面白そうだったから。」
「ありがとう、助かる。」
五年生が二年生に手伝ってもらう、まあいいか。
台本を置いて、二人で選んでいた。
「舞踏会の音楽は、これがいいわ、金と銀。ネズミの踊りは、うーん、くるみ割り人形のトレパックかな。」
「さすがだね。」
「雨の音、雷。効果音ないかなあ。」
確か、演劇部のコーナーに置いてあった。
「あったよ。」
僕は数枚のCDを取り出した。
「へえ、こんなのあったんだ。どんなのか聞いてみたいわ。」
響と僕はCDをかけた。
そよ風、ざわざわ、台風、降り初めの雨、小雨、激しい雨、遠雷、次第に近づく雷、すぐそばに落ちた落雷、なんか面白い。
「すごい、本物みたいだね。」
「これ、外で聞いたら、みんな間違えるかしら?」
二人で顔を合わせ、ニヤッとした。
僕はCDをかけた。放送室からは、放送範囲が選べる。僕は校庭を選んだ。
最初は遠雷、ボリュームは絞った。
「どう?」
「まだ何にも。」
頭上落雷だと、すぐにばれる。何度も遠雷を繰り返し流した。
「あっ、見て!近所の人が、ベランダから空見上げてる。」
ベランダで洗濯物を手にしたり、道路で立ち止まって、空を眺めている人たちがいた。
「この辺で止めないと、ばれてしまうかも。」
響、なかなかやるなあ。
それからだ、響と二人でいたずらをするようになったのは。今思い出すと、たわいのないことばかりだが。
校内に『どこそこへ行け』と書いた紙を置いていった。宝探しのようなものだ。最後に見つけた紙には、『お疲れさま』とか『最後までよく来たね』とか書いていた。
昇降口の下駄箱に、鍵がついていたのだけど、前日に掛け金を、全部かけておいた。翌朝、時間ギリギリに来る生徒たちが、昇降口にたまっていた。
「誰だあ、鍵かけた奴は!」
「遅刻しちまうじゃないか。」
なんか申し訳なくなって、その次は野草の花とかいっぱい集めて、全校の水場の花生けに差していった。
「誰、花生けたのは?」
「どこかの花係かな?」
あれやこれや、二人でいたずらしまくっていた。それでも廊下ですれ違った時は、互いに無視してる。暗黙の了解みたいなものだ。
明後日に終業式を控えた日曜日の夕方、街を歩いていたら、響に会った。
「どうしたの?」
「学校に忘れ物したの。宿題だから取りにいかないと。」
「響も、忘れ物することがあるんだね。」
僕なんかしょっちゅうだ。学校には休日代行員の田中さんがいる。おじさんに訳を話して、中に入れてもらった。
「出るときもここから出てね。」
と言われた。事務室の隣が校舎への入り口だ。
「誰もいない学校て、なんか不気味よね。」
「響の教室は一階だったね。」
夕方の校舎、自分たちの足音が響く。誰か僕ら以外にもう一人いて、後をつけられているみたいに感じる。
「スリルあるわね。」
響の教室は旧校舎なので、廊下は板張りだった。歩くたびにギシギシ音が鳴る。
「なんか出てきそう、ひひひひって。」
「やめてよ!」
響がピシっと僕の背中を叩いた。何だ、怖がってるんだ。
二人で二年二組の教室に入った。響は机の中から紙を取り出した。
「家でやらなきゃ。あっ、ついでに放送室に寄るわ。学年集会のBGMを探しておかなきゃいけないんだ。」
放送室は職員室の隣にある。幸い職員室の鍵は開いていた。田中さんが片付けをするためだったのだろう。鍵を取ると、僕らは放送室に向った。
「雷の音、流したの思い出すわね。」
「今日は晴れているから、すぐにばれちゃうね。」
放送室の窓から、特別教室棟が見える。校舎の端っこに人が見えた。
「ねえ、あれおかしいよ。」
響の指さす方を見たら、男の人が窓に近寄り、何かこそこそしている。男の人は、窓を開け中に入り込んだ。
「泥棒!」
「どうしよう、田中さん呼ぼう。」
事務室に行ったが、田中さんはいない。
「泥棒逃げちゃうよ。」
「僕らも危ない。」
「放送室へ戻ろう、鍵かけて隠れていよう。」
泥棒は音楽室に入り込んだみたいだ。辺りは、どんどん夕方の色が増してきた。
「おじさん、もう戻ってるかも。」
「なんとか泥棒をあの場所に、留まらせておかないと。」
響と僕は顔を見合わせた。
「このCDがいい!」
泥棒は音楽室で、金になりそうなものを探していた。すると『ボーン』、ピアノの音がした。泥棒は、辺りを見回したが誰もいない。今度は『ヒヒヒ』不気味な声が聞こえた。
「うわー!」
泥棒が叫び声をあげた。
「聞こえたみたい。」
「じゃ今度はこれで。」
音楽室にベートーベンの運命が、轟音で流れた。
「おじさん、帰って来たみたい。」
僕はマイクのスイッチを入れ、事務室のある棟のスピーカーをオンにした。
「田中さん!泥棒が音楽室にいます!」、
見ていたら、田中さんともう一人が、特別棟に走って行くのが見えた。
「あれ後藤先生じゃないの?」
「ほんとだ。後藤先生、空手やってるって話だよ。」
後藤先生は、明日の準備をしに学校に来ていたのだ。
学校にパトカーが来て色々聞かれ、翌日は学校でまた話を聞かれた。
「山野もたまにはいいことするんだな。」
「下級生の高野さんが、しっかりしてたからよかったけれど。」
結局僕は褒められない。
「それにしても、CDを流すなんて、よく考えついたなあ。」
響と僕はニヤッとして顔を見つめた。
ほどなく僕らは進級した。僕は六年三組、響は三年二組、偶然校舎は僕が二階、響が一階になった。階段ですれ違う時は、普通に声をかけられるようになっていた。
五月、久しぶりに一緒に下校した。
「しばらくいたずらしてないわね。」
「うん、でも、もういいかなあって感じ。」
「そうね、褒められたし、潮時かもね。」
その日僕らは、最後のいたずらをすることに決めた。
三か月後、夏休みになった。僕らは川の土手にいた。
「やったねえ。」
「うん、最後にふさわしいわ。」
土手の両側には、ひまわりが沢山生えていた。僕と響で、種を撒いたのだ。
「きれいねえ。」
「どうしてひまわりが咲いたのかねえ。」
道行く人が、嬉しそうに話していた。
「今度は菜の花、生やしたくなっちゃった。」
「そうだね。」
見に来るのは来年卒業式が終わった後だ。
思春期に差し掛かる頃の、ほのぼのとした物語を書きたかったのです。




