表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公界の黎明  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/9

第8話「義の迷路 ― 謙信、心の闇へ」

関東・上野国、夜。


戦の煙がまだ空に残る夜、謙信は陣中の一室で一人、地図を見つめていた。

蝋燭の炎が揺れ、影が地図の上を歪ませる。


(義は……どこへ向かうのだ)


清胤からの書状には、焼ける村と泣き叫ぶ少女の姿が記されていた。

前久からの書状には、関東制圧を急ぐよう命じる言葉が並んでいた。


二人の言葉は、どちらも正しい。

だが、どちらも現実を救ってはいない。


謙信は拳を握りしめた。


「義を掲げても……民は救われぬのか」


そのとき、外から兵の声が聞こえた。


「謙信公! 北条軍、再び接近!」


謙信は立ち上がり、刀を手に取った。


「行くぞ」


***


戦場は、泥と血と煙に覆われていた。

北条軍は地形を利用し、村を盾にして戦っている。


「謙信公、これ以上進めば村が巻き込まれます!」


家臣の叫びが響く。


謙信は歯を食いしばった。


(義を貫けば民が死ぬ。

 民を守れば義が折れる。

 これは……何だ)


北条軍の矢が飛び、兵が倒れる。


「退け! 退けぇ!」


家臣たちが叫ぶ中、謙信はただ前を見つめていた。


(義とは……何だ)


そのとき、敵の兵が村の家に火を放った。


炎が上がり、民の悲鳴が響く。


「やめろ……!」


謙信は叫び、馬を走らせた。


だが、炎はすでに村を包み、民は逃げ惑っている。


「義は……どこにあるのだ!」


謙信の叫びは、炎に飲まれた。


***


戦が終わり、夜が訪れた。


謙信は一人、焼け跡に立っていた。

焦げた木の匂い、倒れた家、泣き崩れる民。


その光景は、清胤が見たものと同じだった。


(私は……何をしている)


義を掲げて戦った。

だが、救えたものは何もない。


そのとき、背後から声がした。


「謙信公……」


振り返ると、清胤が立っていた。

顔には疲労と悲しみが刻まれている。


「清胤殿……」


清胤は焼け跡を見渡し、震える声で言った。


「私は……仏法を説き、民を救うつもりでした。

 だが……現実は、仏法を嘲笑っています」


謙信は目を閉じた。


「私も同じだ。

 義を掲げて戦ったが……民は救われぬ」


清胤は謙信に近づき、静かに言った。


「謙信公……あなたは、義を信じていますか」


謙信は答えられなかった。


清胤は続けた。


「私は……仏法を信じています。

 だが、信じるだけでは……民は救えぬのです」


謙信は拳を握りしめた。


「義も……同じだ。

 信じるだけでは、何も変わらぬ」


二人は沈黙した。


炎の残り香が、夜風に乗って漂う。


清胤が言った。


「謙信公……あなたは、どこへ向かうのですか」


謙信は空を見上げた。

雲が厚く、月は見えない。


「……わからぬ。

 義の道は、闇に沈んでいる」


清胤は目を閉じた。


「公界の道も……闇に沈みつつあります」


謙信は清胤を見た。


「清胤殿……前久殿は、どうしている」


清胤は答えた。


「京で孤立しています。

 公界構想は、朝廷にとって脅威なのです」


謙信は息を呑んだ。


(前久殿も……苦しんでいるのか)


清胤は続けた。


「三者の理想は、まだ折れてはいません。

 だが……揺らぎ始めています」


謙信は刀を見つめた。


「義の剣は……どこへ向かうのだ」


清胤は静かに言った。


「謙信公……

 あなたが迷えば、公界は崩れます。

 あなたが進めば、公界は続きます」


謙信は目を閉じた。


(私は……進むべきなのか)


そのとき、遠くで雷鳴が響いた。


清胤が呟いた。


「嵐が来ます……

 義も、仏法も、政治も……

 すべてを試す嵐が」


謙信は空を見上げた。


「ならば……私は進む。

 闇の中でも、義を探すために」


清胤は深く頷いた。


「その迷いこそ……あなたの義です」


二人は焼け跡に立ち尽くした。


その夜、謙信は初めて悟った。


**義の迷路は、心の闇へ続いている。**


そしてその闇は、

三者の理想を飲み込む前兆だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ