表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公界の黎明  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/14

第3話「関白の策 ― 公界の宣言」

京・近衛邸。


永禄四年の春、京の空は薄曇りだった。

桜は咲き始めているが、都の空気は重く、どこか湿っている。

朝廷の権門たちが互いの足を引きずり合い、腐臭を放っているからだ。


近衛前久は、広間の中央に座し、文箱を開いた。

その中には、越後から届いた一通の書状がある。


――清胤より。


前久は封を切り、静かに読み始めた。


「……謙信公、義をもって公界の先兵となることを承諾す」


前久の口元が、ゆっくりと笑みに変わった。


「やはり、あの男は動いたか」


そのとき、側近の公家が慌てて駆け込んできた。


「関白殿! 三条家、二条家が“公界構想”に反対の意を示しております!」


前久は笑みを崩さず、扇子を軽く振った。


「当然だ。彼らは“朝廷の伝統”という名の腐肉に群がる蠅よ。

 だが、私はその腐肉ごと焼き払うつもりだ」


側近は震えた。


「し、しかし……公界とは、あまりに大胆すぎます。

 民が主となり、仏法の規律を基とし、武家も朝廷もその上に立つなど……」


前久は扇子を閉じ、側近を見据えた。


「大胆でなければ、この国は変わらぬ。

 そして――その大胆さを実行できるのは、謙信だけだ」


前久は立ち上がり、庭に出た。

春の風が吹き、桜の花びらが舞う。


「清胤は“心”を導く。私は“道”を示す。

 そして謙信は“剣”を振るう。

 この三つが揃えば、公界は必ず形になる」


前久は空を見上げた。


「だが……問題は、京の連中がそれを許すかどうかだ」


そのとき、背後から声がした。


「許すはずがございませんな、関白殿」


振り返ると、三条西実隆の孫・三条西公条が立っていた。

公家の中でも特に保守的な家柄だ。


「民が主となるなど、朝廷の権威を否定するに等しい。

 仏法の規律を基とするなど、寺社勢力を肥大化させるだけ。

 そして何より……武家をその下に置くなど、狂気の沙汰です」


前久は微笑んだ。


「狂気で結構。だが、そなたらの“正気”がこの国を滅ぼしたのだ」


公条は眉をひそめた。


「関白殿……まさか本気で“公界”を宣言なさるおつもりか?」


前久は桜の花びらを一枚掴み、指で潰した。


「本気だ。

 私は朝廷の伝統すら捨てる覚悟があると、清胤にも言った」


公条は息を呑んだ。


「……ならば、我らは関白殿に従えませぬ」


前久は笑った。


「従わずともよい。

 だが、歴史は私の側に立つだろう」


公条は怒りを抑えきれず、踵を返して去っていった。


前久はその背を見送りながら呟いた。


「さて……京の反発は予想通り。

 あとは、謙信が“義の剣”を振るうだけだ」


前久は文箱を閉じ、清胤の書状を胸に抱いた。


「清胤……謙信……

 この国を変えるのは、我ら三人だ」


そのとき、遠くで雷鳴が響いた。

春の嵐が近づいている。


前久は空を見上げ、静かに笑った。


「嵐が来る。

 だが、それでよい。

 嵐こそが、腐ったものを洗い流すのだから」


京の空に、重い雲が広がっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ