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公界の黎明  作者: 双鶴


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プロローグ

京の夜は、腐った蓮の匂いがした。

権門の争いが積み重ねた血と怨嗟が、冬の空気に溶けている。


近衛前久は、灯火の揺れる広間で一人、

古い巻物を開いていた。

そこには、かつて朝廷が夢見た“天下静謐”の文字がある。


「……もはや、誰も信じておらぬ」


前久は呟いた。

朝廷は権威を失い、武家は己の利を追い、

民はただ踏みつけられるだけの存在になった。


そのとき、襖が静かに開く。


「お呼びにより、参上いたしました」


現れたのは、真言宗の高僧・清胤。

深い闇をまとったような眼差しは、

京の腐臭とは無縁の静謐を湛えていた。


前久は巻物を閉じ、清胤に向き直る。


「清胤。

 この国を、もう一度“公界”として立て直すことはできぬか」


清胤は目を細める。


「仏法の規律を基とし、

 民が苦しまぬ世を築く……。

 それは、もはや宗教の枠を超えた願いです」


「だからこそ、おぬしを呼んだ」


前久は立ち上がり、

京の夜空に浮かぶ三日月を指さす。


「この国を変えるには、

 “剣”が要る。

 ただの武将ではない。

 義を掲げ、己を律し、

 民のために刃を振るえる者が」


清胤は静かに頷いた。


「……一人、心当たりがございます」


二人の視線が交わる。


その名は――

上杉謙信。


ここから、三者の理想と破滅の物語が始まる。


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