第26話 水面下の推薦
騎士候補科の朝は、
いつも通り厳しかった。
だが、
どこか落ち着いていた。
それは、
「基準」が一度、壊れた後だからだ。
「……最近、静かだな」
ログスが、装備を整えながら言う。
「ええ」
アレンは頷いた。
「皆さん」
「自分の役割を理解し始めています」
それは、
騎士候補として最も重要な兆候だった。
午前の訓練が終わった直後。
教官が、アレンを呼び止める。
「アレン・フィルド」
「少し、時間を取れるか」
「はい」
案内されたのは、
いつもの会議室ではない。
来客用応接室。
「……珍しいですね」
「来客だからな」
教官は、そう言って扉を開けた。
中にいたのは、
見覚えのある男だった。
「久しぶりだな」
落ち着いた声。
騎士団第三部隊長――
グラハム・エルドレイン。
だが、今日は鎧を着ていない。
「……王都?」
ログスが、思わず声を漏らす。
「違う」
グラハムは、首を振った。
「今日は」
「個人として来ている」
その一言で、
空気が変わる。
「本題に入ろう」
グラハムは、アレンをまっすぐ見た。
「君の名前は」
「すでに、王都の一部に届いている」
「……公式ですか?」
「いいや」
即答だった。
「非公式だ」
一拍。
「だからこそ」
「今日は、推薦でも命令でもない」
グラハムは、一枚の紙を机に置いた。
だが、
押し付けない。
「近いうちに」
「王都騎士団が関与する“特別研修”がある」
「表向きは、騎士候補の実地研修」
「実際は――」
言葉を選ぶ。
「国家レベルの実験場だ」
ログスが、眉をひそめる。
「……危険なんですか?」
「安全なら」
「声はかからない」
率直だった。
アレンは、すぐには答えなかった。
「条件は?」
「三つ」
グラハムは、指を立てる。
「一つ」
「参加は任意」
「二つ」
「結果は、即評価に直結する」
「三つ」
「失敗しても――」
「学園には、戻れる」
それは、
異例中の異例だった。
「……なぜ、そこまで?」
アレンが、問い返す。
グラハムは、少しだけ笑った。
「君を」
「今すぐ、国家に縛りたくない」
一拍。
「だが」
「放置も、できない」
「厄介な存在だな」
それは、
最大限の敬意だった。
応接室を出た後。
ログスが、腕を組む。
「……どうする?」
ミーナが、不安げに言う。
「……行っちゃうの?」
リィナは、
何も言わず、アレンを見ていた。
その時。
後方から、声がした。
「……断る理由はないだろ」
振り返ると、
ヴェイン・クロスフォードが立っていた。
「お前は」
「ここに留まる器じゃない」
「だが――」
視線が、鋭くなる。
「戻ってこい」
「俺は、ここで追いつく」
アレンは、少し驚いたように瞬きをした。
「……はい」
それだけで、十分だった。
その夜。
アレンは、寮の窓辺に立つ。
(命令じゃない)
(だからこそ――)
(選ばなければならない)
成長補正スキルが、
静かに働く。
未来の分岐点を、
“選択”として提示する。
翌朝。
アレンは、教官に告げた。
「参加します」
「理由は?」
一拍。
「知る必要があるからです」
「どこまで通じるのか」
教官は、深く頷いた。
「……分かった」
水面下の推薦。
それは、
国家が差し出した“試し札”。
まだ、命令ではない。
まだ、拘束でもない。
だが――
ここから先は、
戻れない景色が待っている。




