第20話 公開処刑
訓練場は、異様な熱気に包まれていた。
理由は単純。
勝敗が、始まる前から決まっているからだ。
「改めて確認するが」
特別選抜チームの前に立つ男が、声を張り上げる。
金髪。
整った顔立ち。
自信に満ちた笑み。
ルーファス・ヴァルディオ
戦術科トップ。
名門貴族。
今回の特別演習の指揮官。
「我々は、Aクラス上位を中心とした混成部隊」
「対するは――」
視線が、Eクラスに向けられる。
「Eクラス」
「数値最下位の寄せ集めだ」
失笑が、あちこちで漏れた。
ルーファスは、あえて観客席を見渡す。
「今回の演習は“処分”ではない」
「確認作業だ」
「才能なき者が」
「秩序を乱した場合、どうなるか」
堂々と言い切る。
「――正しい位置に、戻される」
拍手すら起きた。
「さすがルーファス様」
「戦術科の鑑だ」
フィオナが、歯を食いしばる。
「……うざ」
エルナは、冷静に言った。
「典型的な“勝ちを疑わない人”ね」
ルーファスは、アレンを見た。
「君が、例の最下位か」
「はい」
「指揮は禁止されているな?」
「はい」
「なら安心だ」
余裕の笑み。
「君の“偶然”は」
「ここでは通用しない」
アレンは、何も言わなかった。
条件が読み上げられる。
・指揮権:特別選抜
・Eクラスは独断行動のみ
・時間制限:十分
ルーファスは、内心で確信していた。
(完璧だ)
(指揮なしのEクラスなど、散らすだけ)
開始の合図。
「前衛、圧をかけろ」
「後衛、射線固定」
「支援、常時展開!」
指示は的確。
動きは美しい。
「見ろ」
「これが“正しい戦術”だ」
観客席が、頷く。
Eクラスは――
押されているように見えた。
「……ほらな」
ルーファスは、勝利を疑わない。
「逃げ場を潰せ」
「じわじわ詰めろ」
だが。
「……?」
最初の違和感が、ルーファスを襲った。
(当たらない)
攻撃が、決定打にならない。
Eクラスは崩れない。
「構うな」
「数で押せ!」
指示を重ねる。
だが、
指示するほど、動きが鈍る。
五分経過。
「……何をしている!」
ルーファスの声が、苛立つ。
「なぜ、包囲できない!」
「……間合いが」
「微妙に、ずれてます!」
後衛が叫ぶ。
「そんな馬鹿な!」
その頃、観客席。
エルナが、静かに言った。
「……もう、詰んでる」
フィオナが、目を見開く。
「え? まだ全然――」
「主導権がない」
エルナは、視線を外さない。
「彼、戦場を“動かしてる”つもりで」
「動かされてる」
七分。
特別選抜側、脱落一名。
「……っ!?」
ルーファスの余裕が、消える。
「何が起きている!?」
「疲労が……!」
「無駄に動かされてます!」
「黙れ!」
「想定通り動け!」
だが。
想定が、ズレ続けている。
九分。
さらに一名、脱落。
観客席が、ざわめく。
「……あれ?」
「Eクラス、全員いるぞ?」
「嘘だろ……?」
ルーファスは、歯を食いしばった。
(指揮していないはずだ……!)
視線が、アレンに向く。
――立っているだけ。
何も言わない。
何も指示しない。
それなのに。
十分。
終了の合図。
結果。
Eクラス、全員生存。
特別選抜、三名戦闘不能。
沈黙。
それは、
完全に読み違えた者の沈黙だった。
「……勝者」
教官の声が、震える。
「Eクラス」
どよめきが、爆発する。
「ば、馬鹿な……!」
ルーファスが、叫ぶ。
「指揮していない!」
「これは、反則だ!」
「いいえ」
アレンが、初めて口を開く。
「予定通りです」
「……何?」
「あなたは」
「最初から、勝っていました」
沈黙。
「ただし」
「自分が勝っていると、思っていただけです」
ルーファスの顔から、血の気が引いた。
主任教官が、低く言う。
「説明しろ」
「はい」
アレンは、淡々と答える。
「配置と動きは」
「日常で固定されていました」
「指揮がなくても」
「同じ動きをする」
一拍。
「それだけです」
観客席。
フィオナは、震えながら笑った。
「……気持ちよすぎでしょ、これ」
エルナは、静かに頷く。
「完璧なざまぁね」
リリアは、胸に手を当てていた。
(……この人は)
(最初から、負ける未来を)
(見せていたんだ)
ルーファス・ヴァルディオ。
数値。
理論。
自信。
すべてを掲げて、
完璧な舞台で、完璧に敗れた。
公開処刑。
その名が示す通り――
処刑されたのは、Eクラスではなかった。




