第2話 能力測定(平凡判定)
測定室の空気は、ひどく乾いていた。
魔法陣が描かれた床。
壁際に並ぶ水晶装置。
そして、感情のない顔をした職員。
「次の方」
呼ばれ、俺は一歩前に出た。
周囲には、同じように順番を待つ新人たちが並んでいる。
誰もが緊張しているのが、手に取るように分かる。
拳を握りしめる者。
深呼吸を繰り返す者。
目を閉じて祈る者。
……懐かしい光景だ。
異世界に来てから、何度も見てきた。
「では、筋力測定から行います」
職員の声は淡々としている。
指示された通り、魔法陣の中央に立ち、
指定された動作をこなす。
水晶が淡く光り、すぐに色を変えた。
「筋力――平均以下」
抑揚のない声。
背後で、わずかに空気が動いた。
「次、魔力量測定」
水晶に手を当て、魔力を流す。
光は弱い。
だが、揺れない。
「魔力量――平均」
「反応速度――平均」
「持久力――平均以下」
一つずつ、評価が読み上げられていく。
どれも、想定内だ。
突出していない。
欠点もない。
だが、取り柄もない。
「総合判定……」
職員が紙に目を落とす。
「Eランク相当」
「特筆事項は、ありません」
その瞬間だった。
背後の新人たちの視線が、完全に逸れた。
――興味を失った。
「またか」
「よくいるよな、こういうの」
小さな声が、耳に届く。
誰も、俺を見ていない。
もう、この場には存在していないも同然だ。
「……はい」
俺は、それだけ答えた。
職員は、すでに次の新人に意識を向けている。
「次の方」
それで終わりだ。
測定室を出ると、廊下の先で別の新人が測定を受けていた。
彼の水晶は、派手に光っている。
「おお……!」
「魔力量、B相当!」
どよめきが起き、
職員の声にも、わずかに熱がこもる。
「将来有望ですね」
その言葉を背に、俺は通り過ぎた。
比較するまでもない。
この世界では、
才能が光れば、すぐに注目される。
光らなければ――
最初から、いない扱いだ。
受付に戻る。
「登録は完了しました」
「ランクはEからのスタートです」
淡々とした説明。
「昇格には、依頼達成数と評価が必要になります」
「分かりました」
それだけ答える。
受付の女性が、少しだけ首を傾げた。
「……落ち着いていますね」
「そうですか?」
「ええ。多くの方は、この結果で――」
言いかけて、言葉を切る。
「……いえ、何でもありません」
彼女の視線は、すでに次の新人へ向いていた。
俺への興味は、完全に消えている。
ギルドの中央ホールへ戻る。
喧騒。
酒の匂い。
怒号と笑い声。
だが、俺の周囲だけ、妙に静かだった。
視線が来ない。
声もかからない。
完全な――凡人扱い。
「……楽だな」
小さく呟く。
掲示板の前に立つ。
Eランク向けの依頼が並んでいる。
薬草採取。
街道の見回り。
低級魔物の討伐。
どれも地味で、評価が上がりにくい。
「まずは、ここからだな」
その時、背後から声がした。
「……あんたも、Eランク?」
振り向くと、同じ札を下げた若者が立っている。
不安そうな顔。
だが、どこか安心したような表情。
「はい」
「よかった……」
「俺だけじゃなかった」
その言葉に、少しだけ苦笑する。
「パーティ、組まないか?」
「一人だと、依頼が回らなくてさ」
俺は、少しだけ考えた。
数値で見れば、
俺は平凡以下だ。
だが――
「いいですよ」
そう答えると、若者は目を見開いた。
「本当か?」
「ええ」
「その方が、安全です」
彼は、ほっと息を吐いた。
ギルドの喧騒の中で、
二人分の影が並ぶ。
誰も見ていない。
誰も期待していない。
だが、この測定結果は――
間違ってはいない。
剣も魔法も、確かに凡人だ。
問題は、そこじゃない。
「……さて」
心の中で、静かに整理する。
この世界は、数値しか見ない。
だから、判断を誤る。
「分からせる必要も、ない」
凡人のまま。
最下位のまま。
ここから始める方が、ずっとやりやすい。
掲示板から、一枚の依頼書を剥がした。
「次は、実戦だ」
静かに、
物語は動き出していた。




