第17話 噂は、上から落ちてくる
噂は、下から上へは広がらない。
学園ではいつも、
上から下へ落ちてくる。
朝の訓練場。
まだ日も昇りきらない時間だというのに、
教官たちが集まっていた。
「Eクラスが、Dクラスに勝った?」
「勝った、というより――」
「崩した、が正しい」
報告書を挟んで、
数名の教官が顔をしかめる。
「偶然だろう」
「配置がハマっただけだ」
「……問題はそこじゃない」
年配の教官が、低く言った。
「誰が、配置を決めた?」
沈黙。
一枚の紙に、名前が書かれている。
アレン・フィルド
(評価:E/監視対象)
「……最下位、か」
「数値は、完全に最低だ」
「だが」
「判断が異様に早い」
教官の一人が、報告書の一文を読む。
『戦闘開始前に勝敗がほぼ決していた』
「……そんな馬鹿な」
だが、誰も笑わなかった。
その頃、Eクラス。
空気が、昨日までと違っていた。
視線が、
アレンに集まる。
「なあ」
「昨日のやつ……」
ログスが、言いかけて止める。
「……いや、いい」
ミーナは、落ち着かない様子で指を動かす。
「……次も、勝てる?」
アレンは、首を振った。
「同じ相手なら」
「同じ勝ち方はできません」
「なんでだ?」
「相手が、学習するからです」
その答えに、
Eクラスの数人が黙り込む。
昼休み。
学園の中庭。
フィオナが、ベンチに座りながら笑っていた。
「ねぇ、聞いた?」
「Eクラスが勝ったって」
「聞いた」
隣で、エルナがノートを閉じる。
「正確には」
「Eクラスが勝ったんじゃない」
「え?」
「アレン・フィルドが、勝たせた」
フィオナが、目を丸くする。
「……あの、最下位の人?」
「ええ」
エルナは、淡々と言った。
「数値で測るなら、最弱」
「でも――」
一拍置く。
「一番、戦場を見ている」
同じ頃。
Aクラスの訓練場。
セシリア・フォン・アルトヴァインは、
剣を振っていた。
一切の無駄がない。
完璧な軌道。
「……止め」
教官の声。
セシリアは、剣を納める。
「セシリア」
「Eクラスの件、聞いたか?」
「……はい」
教官は、慎重に言葉を選ぶ。
「気にする必要はない」
「偶然だ」
セシリアは、
ほんの一瞬だけ、黙った。
「……偶然、ですか」
「そうだ」
だが。
彼女の脳裏に浮かんだのは、
模擬戦で聞いた、あの声。
――「三回目だけ、踏み込みが深いです」
(……偶然で、言える言葉じゃない)
午後の授業。
Eクラスに、
珍しく“見学者”が来た。
教官代理ハロルドの後ろに、
見慣れない男が立っている。
「……誰だ?」
ログスが、小声で言う。
「学園戦術科の主任教官だ」
ハロルドが、硬い声で告げる。
「今日は、合同評価を行う」
ざわっ、と教室が揺れる。
合同評価。
それは――
上が見に来た、という意味だ。
演習内容は、単純だった。
三人一組での模擬戦。
相手は、Cクラス。
明確な格上。
「……さすがに無理だろ」
誰かが、呟く。
だが。
アレンは、配置を変えなかった。
「昨日と、同じです」
「同じで、通じるのか?」
「通じません」
即答。
「でも」
「崩れません」
演習開始。
Cクラスは、Dクラスより洗練されている。
圧が、違う。
だが。
Eクラスは、昨日より静かだった。
無駄に動かない。
無理に攻めない。
「……しぶといな」
Cクラス側が、眉をひそめる。
時間が、伸びる。
「これ、勝てないぞ」
「……いや」
見学していた主任教官が、
目を細める。
「負けない配置だ」
結果。
引き分け。
Cクラスは、苛立ちを隠せなかった。
「……Eクラス相手に?」
「時間切れだと……?」
Eクラス側は、息を吐いた。
誰も、倒れていない。
演習後。
主任教官が、アレンを見る。
「……君」
「はい」
「君は」
「なぜ、騎士を目指した?」
一瞬、沈黙。
「目指していません」
アレンは、正直に答えた。
「生き残るために」
「最適な場所だったので」
主任教官は、
しばらくアレンを見つめ――
小さく笑った。
「……厄介だな」
その夜。
学園内の掲示板に、
一枚の紙が貼られた。
【特別演習告知】
Eクラス、次回演習は
Aクラス代表と合同で行う
ざわめきが、爆発する。
「は!?」
「いきなりAクラス!?」
フィオナが、目を輝かせる。
「来たじゃん!」
「一気に上だ!」
エルナは、静かに言った。
「……試される」
そして。
セシリアは、その紙を見つめ、
小さく息を吐いた。
「……逃げ場は、ないわね」
視線の先には、
最下位評価の名前。
アレン・フィルド。
噂は、完全に――
上に届いた。




