第12話 まだ名前のつかない感情 (リリア視点)
私の名前は リリア。
魔法使いで、冒険者で――
ついこの前まで、ずっと一人だった。
詠唱は安定しない。
魔力はあるのに、制御が下手。
だから、誰かと組めば迷惑になる。
そう思っていた。
実際、何度もそう言われてきた。
最初に声をかけてきたのは、
同じEランクの男――レオンだった。
「……なあ」
「即席でもいいから、組まないか?」
正直、断るつもりだった。
レオンは有名だったから。
一人で突っ込んで、
一人で失敗して、
一人で帰ってくる人。
でも――
彼の後ろに立っていた人を見て、
私は足を止めた。
アレン。
剣も平凡。
魔法も平凡。
なのに、周りをよく見ている人。
「無理をしないでください」
「詠唱が乱れたら、止めますから」
そんなこと、初めて言われた。
パーティは、問題児だらけだった。
ガルドは、前に出すぎる鎧の男。
強いけど、引き際を知らない。
カインは、弓使い。
距離を取りすぎて、
誰とも連携しない。
レオンは、
全部を一人でやろうとして、
全部を失敗してきた人。
そして――
戦わない指示役の、アレン。
正直、
「絶対うまくいかない」と思った。
でも。
最初の戦闘で、私は気づいた。
誰も、怒らない。
誰も、焦らせない。
誰も、無理をさせない。
「半分でいいです」
「止めます」
「それで十分です」
その言葉通りにしたら、
魔法が――初めて“怖くなかった”。
撃ち切っても、
止めても、
失敗しても。
全部、想定内みたいな顔で、
アレンは前を見ていた。
レオンが変わったのは、
きっと本人が一番驚いている。
「……俺さ」
「引いても、いいんだな」
そう言って、
ちゃんと下がった。
ガルドも、
「止まってろ」と言われて、止まった。
カインは、
位置を報告するようになった。
みんな、急に強くなったわけじゃない。
でも――
失敗しなくなった。
それが、何より不思議だった。
ダンジョンを完全に制圧した夜。
宿の部屋で、
みんな疲れているはずなのに、
空気は静かだった。
「なあ」
レオンが、ぽつりと言った。
「俺」
「冒険者、向いてないと思ってた」
誰も、すぐには答えなかった。
「……でも」
「今日、楽しかった」
ガルドが、笑った。
「俺もだ」
「力任せじゃねぇ戦い、初めてだった」
カインは、短く言った。
「……無駄がなかった」
その横で、
私はアレンを見ていた。
何も誇らない。
何も主張しない。
ただ、
「できたこと」と
「次に直すこと」を
淡々と整理している。
王立士官学園への招集が決まったとき、
私は怖かった。
冒険者ですら、やっとなのに。
学園。
騎士候補。
でも、レオンは言った。
「行こうぜ」
「どうせ、今さら普通には戻れない」
ガルドは笑った。
「面倒だが」
「お前らがいるなら、悪くねぇ」
カインは、窓の外を見ながら言った。
「……観察対象が増えるだけだ」
アレンは、いつも通りだった。
「行きましょう」
「環境が変わるだけです」
その言葉に、
なぜか胸が少し軽くなった。
これは、恋なのか。
分からない。
でも。
この人がいると、
私は自分の魔法を
嫌いにならなくて済む。
レオンが、
一人で突っ込まなくなったのも。
ガルドが、
止まれるようになったのも。
カインが、
言葉を出すようになったのも。
全部、
この人が“前に出なかった”からだ。
馬車が、王都へ向かって走る。
学園に着けば、
また測られる。
きっと、私は普通。
アレンは、最下位。
でも。
数値で測れないものがあるって、
私は知っている。
そして、その中心に――
彼がいることも。
名前のつかない感情のまま。
私は、
もう少しだけ、
この人のそばにいたいと思った。




