第1話 凡人として、冒険者ギルドへ
この世界に来てから、俺は一度も「選ばれた」と感じたことがない。
異世界転生。
それ自体は、確かに特別な出来事だった。
死んだはずの俺は、気づけばこの世界に立っていて、
名も知らぬ神に「一つだけ恩恵を与える」と言われた。
与えられたのは、
剣の才能でも、魔法の資質でもない。
ただの――成長効率補正。
努力した分が、少しだけ無駄にならない。
それだけの、地味な能力だった。
派手な力はない。
数値で測れば、今でも平均以下だ。
だから俺は、今日も凡人として歩いている。
◆
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、空気が変わった。
酒と汗と鉄の匂い。
怒号、笑い声、剣がぶつかる乾いた音。
村とは、まるで別世界だ。
「……荒れてるな」
壁際には傷だらけの冒険者。
中央では、若い連中が戦果を誇り合っている。
ここは、力の世界だ。
才能が評価され、
数字と実績で人が測られる場所。
――つまり、俺には向いていない。
「登録ですか?」
受付の女性が、事務的に声をかけてきた。
「はい」
「身分証は?」
「ありません」
「……では、こちらへ」
淡々としたやり取り。
そこに期待も警戒もない。
それでいい。
用紙に名前を書きながら、周囲を観察する。
視線は、俺を素通りしていく。
派手な装備。
大きな声。
強そうな連中に、人の意識は集まる。
俺は、その外側だ。
「……居心地は、悪くないな」
凡人。
無名。
最下位候補。
この位置は、案外自由だ。
手続きを終えると、受付の女性が言った。
「では、次に進んでください」
「次?」
「冒険者登録には、順序がありますので」
そう言って、奥の通路を指さす。
その先には、
魔法陣の描かれた部屋がいくつも並んでいた。
緊張した表情の新人たち。
深呼吸を繰り返す者。
拳を握りしめる者。
……ああ、なるほど。
「ここで、測られるわけか」
俺は、静かに息を吐いた。
派手な結果は、期待できない。
むしろ、期待されない方が都合がいい。
凡人として始める。
それが、俺のやり方だ。
奥へ続く扉の前で、足を止める。
「……さて」
ここから先は、
この世界が俺をどう評価するかの話になる。
そして――
その評価が、どれだけ的外れかを、
俺だけが知っている。
扉の向こうへ、一歩踏み出した。
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