願い
「ありがとう、よく頑張ったね」
念願の男の子無事に出産した千里を悠治さんは満面の笑みで労ってくれた。
彼の顔をみて、産まれてきた我が子を見て、自分の役割が果たせた事に幸せを感じていた。
「神様ありがとうございます」
悠治さんが自分の過ちを許してくれた時、流れ星に男の子を授けて下さいと願った。この子は美しく消えていった星の生まれ変わりかもしれない。千里は妻として母としてこれ以上ない喜びに自分の命がここで終わってもかまわない思った。
男子の誕生を有村家でお祝いした。地元では有名なホテルで悠治さんの兄弟姉妹家族皆集まった。姑の千代さんも本当に嬉しそうだった。千代さんの願いを千里が受け継いだ。戦争で亡くなった兄の思いを悠治さんが受け継ぎ次へ繋げる。
人の命には限りがあるからこそ子や孫に未来を託すことは人の本能なのかもしれない。
「母さん、行ってきます」
高校生になった悠生は元気よく家を出る。
学校ではバンドを組み、部屋でもドラムを練習する。
学園祭で歌を歌うと女の子がキャーキャー騒いでいる。誰に似たのかモテる。顔も千里に似て中々のイケメンだ。千里は若い恋人が出来た気分だった。バレンタインデーには沢山のチョコを貰って来たり、家まで持ってくる子もいた。
「悪い虫がつかなきゃ良いけど」
千里の心配をよそに悠生は彼女との恋愛を楽しんでいるようだった。
来年は受験生。本人も歯学部に行くことは承知している。無事に合格することを願った。
6年間の大学生活を終え無事に国家試験に合格した悠生はすぐには地元に戻って来なかった。学生時代に出来た彼女の実家近くで働き始めた。結婚もすぐに決めて二人の生活を楽しんでいるようだった。
本当は早く地元に帰って来て欲しかったが直に帰ってくると信じていた。
還暦を過ぎた頃、悠治さんに癌が見つかった。
「どうしよう」
千里は目の前が真っ暗になった。歯科医院を一人で続けていく自信はなかった。
色んな治療を試みたが進行が思ったより早く余命数年と告知された。
「悠治さんの為に何が出きるのだろう?」
千里はまず、悠生にこちらに帰ってくるよう説得した。病院を家族でやることに決めた。時間に限りある悠治さんは息子と働き色々とアドバイスしている。この光景は悠治さんと父が医院で働いていた時と重なって微笑ましい。
友人に会いに歯学部の同窓会にも出かけた。痩せて体力が落ちていたが、会いたい人と会って話をしたい彼の希望を叶えてあげたかった。嫁いだ娘達も帰って来て久しぶりに賑やかな食卓を囲んだ。
悠治さんからは病院を悠生に渡して、千里には無理をせず子供や孫を見守って欲しいと言われた。これから悠治さんとゆっくり老後を過ごそうと思っていたのに人生は思うようにいかない。
「僕の所に来てくれてありがとう」
悠治さんはそう言うとゆっくり目を閉じた。