第十五章「悠久なる邂逅」1
『空を飛べたら』作:まえだいくえ、絵:さくらいゆきと
この世界のどこかにある小さな孤島。
たくさんの動物が暮らす牧場と作物を育てる畑ばかりで、この孤島にはほとんど人が住んでいません。
学校や病院はもちろん、コンビニやスーパーマーケットもここにはありません。
自然に囲まれたその島では夜になると天高く星々がきれいにかがやき、美しい夜景を見ることができました。
しかし、街灯もなくとても静かで、道は真っ暗になってしまいます。
そこにある時、記憶を失くした一人の少女がやってきました。
少女の名前は小夜、小夜はお父さんやお母さんはおろか、兄弟や友達がいたかどうかさえ覚えていません。
さらに、見知らぬ島にやって来た小夜はこの島にやって来てから目が見えませんでした。
「小夜、お前はこれからこの島に住む動物たちの面倒を見るんだ。
その代わりにこの小屋と食事を与えてやろう。
分からないことはここにいる佳代に聞けば教えてくれる。
お前にはちょうどいい年の近い先輩だ。
いい子にしていれば記憶も取り戻してやるし、この島から出て家族とも会わせてやろう」
牧場の主である初老の男性はそう小夜に話し、温かいシチューを差し出しました。
「ありがとうございます。とてもおいしいかったです」
お腹が空いていた小夜は主の言葉に頷いて、野菜や肉がたっぷり入ったシチューを食べてお腹いっぱいになりました。
「目の見えない子の面倒を見るなんて、動物のお世話をするより大変じゃない」
その様子を見ていた佳代は腕を組み、そのように話して、不満げに納得のいかない顔を浮かべて部屋を立ち去りました。
こうして島にやって来た最初の一日は終わり、小夜は暖かいベッドで眠ることができたのです。
翌日、早朝から小屋にやってきた佳代に起こされ、小夜の牧場でのお仕事が始まりました。
この牧場でのルールを教わり、手をつないだ佳代に身を任せてやってきたのは、うさぎ小屋でした。
最初は目が見えないことに戸惑いながらも、小夜は自分にできることをせいいっぱいやってみました。
「うさぎさん……どうしてあなたはぴょんぴょん飛び跳ねるばかりで空を飛ばないの?
お空を飛ぶことができればもっと自由になることができるわ」
小さな飼育小屋の中で暮らす、三羽のうさぎと過ごした小夜は寂しい顔を浮かべて、そう口にしました。
「うさぎが空を飛べるわけないでしょう。うさぎのお世話をするのにこれだけ苦労していたら、先が思いやられるわ」
目の見えない小夜が一生懸命になってうさぎの面倒を見るのを見て佳代は言いました。
これでは畑仕事を手伝ってくれた方がずっとよかったのにと思ってしまった佳代は目の見えないことの大変さに段々と気が付いていきました。
「どうしていけないの……? うさぎさんだって鳥さんと一緒に空を飛ぶんだよ……自由に空を飛ぶんだよ」
小夜は佳代の言葉を聞いて、寂しい顔になりました。
何とか教えられた通りお世話をがんばっていた小夜ですが、うさぎと早く仲良くなりたくて、うさぎのことを知ろうといっぱい体を触ろうとしてしまいます。
そのせいでうさぎたちは小夜が興味をひかれて長い耳を触ったり抱きついたりするたびに、驚いて逃げようとしていたのです。
小夜は追い掛けては逃げられることを繰り返すたびに、うさぎが飛び跳ねているように感じていたのでした。
「明日は豚舎に行くわよ」
呆れた様子で見ていた佳代はそう言って小夜の手を掴みました。
こうして小夜は陽が落ち始める中、佳代に手を引かれて元の小屋に戻っていきました。
牧場で働くことに疑問を抱くことなく、頑張って働いた小夜は一日の終わりに牧場の主から夕食をもらい、お腹いっぱいになっていつか記憶が戻ることを願いながら布団の中で眠りました。
(『空を飛べたら』1ー6ページ)