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第十三章「共に支え合い、歩んでいくために」2

 往人さんには言わなかった暗い過去。


 生きた心地のしなかったお父さんの結婚相手だった女性との生活。


 裏切りと欺瞞の日々、お父さんの前で本当のことを言う自由もなかった。


 私が長い入院生活を送るきっかけになった心的外傷。


 思い出したくない、過去の傷跡。



「お父さん、いかないで!!!」



 幼い頃の記憶、遠い日々の記憶。まだ心も身体も幼かった私は遠くに行こうとするお父さんに大きな声を出して”いかないで”と必死に訴えかけていた。

 今、声を上げて訴えなければ取り返しのつかないことになる、そういう本能だけは自然と働いていた。


 虚しくも父は私の願いを無視して、仕事を優先する口実で一人オーストラリアへと行ってしまった。

 飛行機に乗って向かったオーストラリアがどんなところなのかもよく知らなかったけど、簡単に行けない遠い場所であることは何となく理解できた。


 でも私は父と離れる孤独を感じていながら、ここで”一人にしないで”とはどうしても言えなかった。そう素直に伝えることが出来たならどれだけよかっただろう。

 本当はそう言いたかったけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だから怯えて本心からの言葉を口に出せなかった。


 海外に出張に行く父を見送ることしかできなかった自分。


 後悔したってもう遅い、こうして私の願いは届かぬまま”あの人”と二人きりの共同生活が始まったのだ。


 最初はお父さんの言葉通り親切で優しかった”あの人”、お父さんは保育士として働く”あの人”を信じていて、”あの人”と一緒なら安心だと言葉を残し、行ってしまった。


 私にはどうしてと思う事ばかりだった。再婚したことも、海外に出張に行くことになったことも、それからずっと家に帰ってきてくれなかったことも。


 私のために再婚しただなんて、そんなのウソだと思った。


 望んでもいない新しい日々の中で、一体誰を、何を信じればいいのか視えなくなった。


 最初の頃は仕事が終わってすぐに帰ってきてくれた”あの人”も次第に帰りが遅くなり、気づけば帰ってこない日もあるようになった。


 部屋は汚れ、洗濯物が溜まっていき、ゴミも増えて、家中を澱んだ空気が覆っていくようだった。


 目の見えない私には自分で出掛けることも、部屋を掃除ことも満足に出来ない。死なない程度に用意された食事を泣きながら食べることしか出来なかった。


 次第にイライラをぶつけて来る”あの人”をよく見掛けるようになった。無責任かつ残酷な罵声、髪を掴み投げ飛ばされ、抵抗も出来ずストレス解消の道具にされる。


 それでも私は逃げ出すことも、通報することも怖くて出来なかった。

 受話器を持つ手が震えて、言いたいことも言えずただ自分の弱さを何度も嘆いた。

 いつになれば抜け出せるのかも分からないトンネルの中を彷徨う日々。


 もはや”あの人”の中にあった正義感は確実に崩れ去っていったのだと私は悟った。


 きっとあの人に怒りをぶつけられるのに慣れてしまった私もまた壊れてしまっていたんだろう。


 そして、傷つきながらも、時が経ち、何の希望も考えられなくなった頃、いろんな人が介入した結果、あの人を失くして、”助かった”という気持ちと同時に、気付けば病院に入院している自分を見て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 やがて、酷くやつれていたネグレクトの影響がなくなるほどに体力が戻った。


 でも、あの人から受けた虐待の傷跡が癒えても、それだけでは学校に行きたい気分にはなれず、父の謝罪の言葉も耳に響かないまま、生きる希望を持てる程には、なかなか心の整理は付かなかった。


 でも、それでも人は前を向いて生きていける。


 どれほど苦しい過去があっても、そのきっかけを得た私は少なくとも恵まれていたのかもしれない。


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