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第十一章後編「サンドアートヒストリー」3

 砂浜海岸を離れ、俺たちはバス停まで手を繋いで引き返してきた。


「どうした往人さん? 随分とご機嫌みたいだけど」


 郁恵が俺の細かい変化に反応して聞いてきた。つい歩く速度が速くなっていたのだろう。

 まるで心が読めるのかとも思ったが、そんなはずはないと俺は正直に考えていたことを話すことにした。


「あぁ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「それって、本当に……?」


「間違いないよ。母親が運転する車で来たから、ここに来るまで順路が違って気付かなかったが。郁恵が踊ってる姿をずっと眺めてたらピンと来たよ」


 俺の言葉に郁恵は心底驚いているようだった。


 母親との思い出に間違いはない、確かに俺は四年前にここに来ている。


 それ以上のことはこの場で話さなかったが、郁恵は俺が同じようにここに来ていたことを知って嬉しそうにしていた。


 一番の目的地である海岸でのひと時を終えた俺たちは、デートの続きをするため、賑やかな街中へと戻った。


 最初に喫茶店に入り一休みをした。

 俺はキスの甘い感触が未だに残っていたので温かい珈琲を注文してちびちびと飲んだ。

 郁恵はサンドイッチを先程食べたことを忘れてモンブランを美味しそうに頬張って幸せそうな表情を浮かべていた。

 

 次にペアリングを買うため百貨店に向かった。

 郁恵と時間をかけ、一緒にペアリングを買い終えると早速郁恵は指輪を右手薬指に嵌めて幸せな表情を浮かべて頬を紅潮させた。


 俺も郁恵に倣い指輪を嵌めると手を繋いだ時の喜びが倍増していくのを感じた。


 ゆっくりと街中で過ごしているとあっという間に日が暮れていき、郁恵の誘いを受けて俺は寮室に初めてお邪魔することになった。


 駅を降りて、坂道を登ろうとするとふわふわとした物体が上空から舞い降りてきた。

 それは頬に当たると水滴となって頬を冷たく濡らした。


「冷たい。往人さん……これはもしかして雪でしょうか?」

 

 目の見えない郁恵は俺の方を向いて聞いた。

 俺の口から確かめたい気持ちを俺は察して”雪だよ”と優しく答えた。

 

「初雪ですね……往人さんとフェロッソと一緒に味わうことが出来て嬉しいです。

 ねぇ……寒くて手が冷たくなってしまいますが、私は雪が好きです。

 このまま降り積もってくれたら、雪玉を作って雪合戦が出来ますが、ちょっとまだ控え目な感じですかね」


 俺の記憶の中では雪が降っていい思い出はなかったが、嬉しそうに冷たい雪を身体で感じながら歩く郁恵を見ていると、胸が熱くなる自分がいた。


「ずっと……ずっと……そばにいて……。

 大好きな君を見つめてたい……。

 snowflaKes(スノーフレークス)…きみのぬくもりは…冬の贈り物…ほら雪だよ。


 往人さんは、私の歌、ちゃんと聞いてくれた?」


 記憶に新しい美声を再び響かせた後で思い出の一ページを確かめようとする郁恵。俺は微笑み返して”もちろんだよ”と優しく返した。

 

 昨日のクリスマス演奏会でピアノを弾きながら同時に歌っていた郁恵。

 クリスマスサンタの衣装を着て、ローソクの明かりだけが灯る喫茶店で気持ちを込めて郁恵は歌っていた。


 友人とカラオケに行くこともあると以前から話していた郁恵。目で歌詞を追えない以上、歌詞を覚えなければ正確に歌うことが出来ないが、それでも心地よく歌い上げるその姿を目にすると、歌うことが好きであることがはっきり伝わって来た。


 郁恵には秘密にしているが、それを聞きながら俺だけが傍にいられないことが寂しくて少し涙を滲ませていた。

 それだけ郁恵の歌声は心に響くものがあり、大切な誰かを想って歌い上げているように聞こえた。


「嬉しいね……一日遅れでホワイトクリスマスにはならなかったけど。

 ちゃんと私達のことを祝福してくれてるんだね」

 

 幸せを噛み締めるように、ポジティブに郁恵はそう口にした。


「郁恵が頑張ったから、凄く……頑張って勇気を出したから。そのご褒美じゃないか?」


 言った後で後悔してしまうほど、恥ずかしくなることを俺は口にして、気持ちが高ぶった郁恵からさらに身体を密着された。


 そうして、俺たちはシンシンと雪が舞う中、歩きづらい体勢でゆっくりと学生寮までの坂道を登って行った。

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