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第十一章後編「サンドアートヒストリー」2

「ねぇ、帰る前に真美に報告していいかな?」


 遊び疲れ、しばらく海壁(かいへき)に座り波の音を聞きながら、リラックスして自家製のサンドイッチを食べていると郁恵はそうはっきりと口にした。

 海壁の一部には子ども達が描いた壁画が刻まれていて、俺は少しそれが気になっていたところだった。


「あぁ、せっかくここまで来たんだからな。郁恵に任せるよ」


 入院中に友達だった真美という少女のことが余程大切なのだろう。

 一緒にいたと思っていたのに本当は亡くなっていたというあまりにセンセーショナルな思い出話を聞いた後では納得してしまうが。


「それじゃあ、行ってくるね。

 写真、撮ってもいいからここで少しだけ待ってて。

 キャンバスにスケッチする時間は取れないと思うから」


 郁恵が俺にそう言葉を言い残し、手を離してコートを脱ぎマフラーと一緒に手渡すと砂浜に降りていく。

 途端に俺は喪失感に襲われたが、何とか郁恵を視界に入れたまま我慢した。

 折り畳まれた白杖を開き、一歩ずつ着実に海へと向かっていく。

 一人、果ての見えない海に向かう姿は投身するようにも見えたが、俺は帰って来ることを信じて胸が苦しくなるのを堪えて見守った。


 俺の視界からすっかり小さくなった郁恵はヘアゴムを外して白杖を手に音もなく踊り始めた。


 きめ細かく長い黒髪が風に吹かれて太陽の下でふわりと靡く。


 踊りが始まるとゆったりと繊細に、心を無にして、鎮魂の意識を持って身体を動かしているように見えた。


 不思議なことに、郁恵の身体は宙に浮いているかのように綺麗に足が砂に沈むことなく伸びていた。


 郁恵に向けて光が差し込む実感の湧かない幻想的な光景を目の当たりにして俺はスマートフォンを取り出し、カメラを起動してシャッターを切っていた。


 光を身体に纏ったあまりに美しい幻想的な郁恵の舞。


 長いロングスカートに白いセーターを着て、光り輝いている姿がカメラに収められる。


 止めどなく祈りを込めて続けられる静かな踊り。


 この世の情景とは思えないそれは、天女のようにいつか消えゆく幻のように可憐に見えた。



「そうか……そういうことだったのか……。


 ふはははぁ……!! どうりで既視感があると思った。


 郁恵……本当にお前は俺にとって運命の人だったんだな……」



 俺はあまりに大切過ぎることに気付き、笑いが込み上げて耐えられなかった。

 郁恵もまだ知らないことだけに、俺は先に気付けたことにほっと胸を撫で下ろした。

 そんな気付きを得たことを知らない郁恵はこの世にいない、天に昇った真美に向けて想いを込めて語り掛けていた。


「真美……報告したいことがあるの。

 

 私ね……好きな人が出来たよ。ずっとこのまま隣に歩いていて欲しい素敵な人。


 往人さんは何度も私を助けてくれた、私と同じ目が不自由な人。


 でもね、料理が上手で、素敵な絵画を描いてて、お師匠さんに信頼されてるの。


 許してくれるかな……真美。私ね、たぶんもう真美と一緒にいられない。


 真美の声、聞こえなくなっちゃったよ。


 だから、私はもう十分幸せを手に入れたから、真美も私のそばにいなくてもいいんだよ。自由になっていいんだよ。

 

 それをね、ここで言いたかったの。


 真美は私の願いを叶えてくれたから。


 自由になりたいって、私の願いを叶えてくれたから」


 心を込めて、親愛なる友に向けて言葉を贈る郁恵。

 それは、とても気持ちが込められた言葉の数々だった。

 真美への語り掛けを終えた郁恵はゆっくりと波の音に耳をすませながら戻って来る。

 いつもは無邪気に話しかけてくれる郁恵が表情を変えず長い髪を揺らしながらこちらに戻ってくる姿を眺めていると大人びて見えた。


「おかえり、郁恵」


 帰って来た郁恵へ俺は変わらず声を掛けた。

 郁恵は少し疲れを見せながら、俺の手を握り海壁に座った。


「うん、ただいま往人さん。これで大丈夫だと思う。


 往人さん……一つだけ覚えていてください。

 もしも私が自分を見失いそうになったら、絶対に助けにきてね。


 私……信じてるから、真美が私を攫う前に助けにきてくれること」


 冗談のように聞こえたが、その口調も声色も今まで聞いたことのないくらい真剣なものだった。


 真美という少女に対して郁恵が抱いている感情は、俺が思っていたよりずっと複雑なように感じた。


「分かったよ。どれだけ遠く離れていても、助け出してやるから心配するな。

 真美がお前の魂をいくら奪おうと迫ってきても、俺が取り返してやる」


「ありがとう……信じるよ、往人さん。

 私ね、本当は真美が何者かよく分かってないの。

 だから、私が私じゃなくなっても、ギュッと抱き締めて目覚めさせてね」

 あまりに真剣な言葉に心打たれたまま、俺は約束を交わした。


 それが、郁恵の安心に繋がるならと信じる気持ちを新たにして。

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