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視えない私のめぐる春夏秋冬  作者: shiori@


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第十一章後編「サンドアートヒストリー」1

 しばらく砂浜を歩いた後、波飛沫(なみしぶき)に誘われて俺たちは海水を受けた。

 海水が足に浸かり”冷たい!”と言いながら無邪気に喜ぶ郁恵、あまりに冷たくてビックリするフェロッソ。

 波にさらわれそうになり悲鳴を上げる郁恵を掴んで離さないようにすると、不意に郁恵は俺に抱きついてきた。


「ピンチの時はいつも往人さんが助けてくれるね」

「そういう星の下に生まれたのかもしれないな……」

「そうだね、じゃあやっぱり往人さんは私の王子様だ。

 たった一人の、かけがえのない王子様だよ……」


 厳しい寒さはあっても、それ以上の幸せを噛み締めて過ごす時間。

 恥ずかしそうに甘い言葉を口にして、頬擦りをしながら顔を真っ赤に染める郁恵。

 俺もたまらなく恥ずかしい気持ちになり、思わずお姫様抱っこをして郁恵を喜ばせた。


 安全な砂浜まで上がると、今度は思わぬことを郁恵は提案した。


「ねぇ? 王子様、今度は一緒に踊ろうよ?」

「またどうしたんだよ?」


 あまりに唐突過ぎたので俺は微笑みながら聞いた。


「だって、そういう気分なんだもん。

 それにね、今年は打ち上げパーティーに出られなくて社交ダンスに参加出来なかったから」

「嫌がってたのかと思ってたが、意外と楽しかったんだな」

「そうだよ、だから往人さんも負けてられないよ」


 普通なら思い出したくない苦く辛い思い出になってもおかしくないが、郁恵にとってはそうはなっていないようだ。

 坂倉とリズムを合わせて一緒に踊っていたことは知っていたから、これは一つの挑戦状なのだろう。


 俺はこの挑戦状を受け取り、郁恵と一緒に広々とした砂浜を舞踏会場に見立てて踊った。

 砂に足を取られそうになりながらも何とか下半身に力を入れ、転ぶことなく郁恵の身体を掴んで支えステップを踏む。

 足場が悪い分、余計にぎこちない踊りになっていたが、郁恵は初々しい反応を繰り返し、危なっかしくも歓喜に酔いしれるように笑っていた。


「ねぇ……王子様、もう一つ、お願いをしてもいいかな?」

「何でも言ってみな、今の俺は何も怖くないからな」

「そう? それじゃあ……私の唇を奪ってくれますか?」


 踊り止め、郁恵は上を向いて確かにはっきりとそう口にした。 

 あまりに急な告白に俺の胸の鼓動が最高潮に高鳴る。

 両手を合わせ、密着した体制を維持したまま物欲しそうにピンク色の唇をそっと俺に向けてくる郁恵。

 それはまさに夢のような光景だ。


 遠慮がちに口づけを求める愛くるしいその仕草に俺の感情は湧き立ち、夢心地なまま誘惑を受けて顔を近づけていく。

 今までで一番近くに迫る郁恵の小顔。

 ぼやけた俺の視界でもふっくらとした唇の細かい縦じわまではっきりと見えた。


「好きだよ、郁恵。このまま俺のものにするぞ」

「うん、来て……私はあなた様のことを愛していますから」


 辛うじて演技を続けるような口ぶりで応える郁恵へ、俺は大きく息を吸い込んで顔を近づけファーストキスを交わした。


 柔らかく果実を口にしているような、甘く蕩ける感触が身体を熱くさせ、感覚器官に響き渡っていく。


「あむぅ……ううん……往人さん……これがキスの味なんですね……」


 火照った顔をした郁恵が甘い吐息を吐き出す。

 官能的なその表情は眩しいほどに愛おしく、愛に飢えた恍惚(こうこつ)の眼差しを浮かべているようだ。

 俺は支配欲が昇ってくる感覚を覚えて、さらに唇の感触を強く求めた。


「あううぅ……あむっ……んんんっ! 気持ちいいです……キスってこんなに気持ちいいんですね……身体が熱くなって、蕩けてしまいそうです」


「俺も感じるよ……柔らかい郁恵の唇……。

 気持ちよくて、一生離せなくなりそうだ」


 遠慮がちな郁恵だが、段々とスイッチが入っていき、唇を小鳥のように自分からも押し付けて来る。

 キスの感想を口にしながら、大きく呼吸をして荒く息を吐く郁恵。

 吐き出す息にも甘い吐息が含まれていき、敏感に身体を反応させるその妖艶(ようえん)さは言葉では形容しがたいものだった。

 純粋無垢だった郁恵がこうして信じられないほどにキスの感触を知り溺れている。

 それがあまりにも官能的でさらに心を奪われてしまった。


「初めてだが、なかなかこれは上手になるには慣れないものだな」

「私もなかなか積極的にとはいきませんが、でも幸せな味がします」


 一度、軽くおでこをぶつけてから顔を離す。

 心を通じ合っているから感じる愛おしい口づけの感触。

 際限なく続く快楽の渦は恐ろしく、一度快楽を知ってしまうと自我が奪られ止めるのが難しい。自分の強い欲望に気付き罪悪感が襲ってくるが、それ以上に郁恵と触れ合うことの尊さを俺は再認識した。

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