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第十章「天使は往く鐘の音が鳴る方へ」4

「ねぇ……ずっと伝えたかった気持ちを言葉にしてもいいかな?」

「俺が先に言いたいなって思ってたんだが……」

「そこはレディースファーストがいいかな。これでも覚悟を決めてここまできたんだから」

「分かったよ、会いに来てくれたんだもんな」

「うん、だから、聞いてください……」


 心が通じあっているような、そんな気持ちが湧き立つ会話のやり取り。

 プレゼントのネックレスを首に掛けて、キュンと胸が締め付けられ、さらに勇気をもらった私は想いを届けと願いながら口を開いた。


「私ね……最初から往人さんは特別だなって気がしてたの。

 名前も知らない人なのに……助けてくれたこと、絵の具の匂いがしたこと、忘れられなくって。いつか再会できたらいいなって思ってた」


 ”優しくするのに理由が必要か?”

 あの時の往人さんの言葉が頭の中で蘇る。

 心が震えた瞬間だった。


「打ち上げパーティーの時にまた助けてくれて、仲良くなることが出来て、往人さんのこと、たくさん知って考えるようになって、それがまた嬉しくって、いつもドキドキしていた」


 めぐる春夏秋冬。往人さんと過ごした時間、場所。

 新しい毎日。思い出を積み重ねていくかけがえのない日々。

 今の関係のままじゃなくて、もっと一緒にいられる安心感が欲しいって思うようになった。それが恋なんだということも自覚した……だから。


「好きだよ、大好きだよ、往人さん。

 これからも私の隣で手を握っていてくれませんか?

 どこまでも、私と一緒に支え合って歩いて行きませんか?」


 声が裏返りそうになりながら、心臓が飛び出そうになりながら、私は心を解き放って想いを言葉にして伝えた。

 そして、深呼吸する間もなく往人さんの返答が始まった。


「こんな俺でいいのか……今だって不自由しているのに。


 今日倒れてしまったのは、師匠からクリスマスプレゼントにって郁恵の描いた絵を渡されて、それに小さく付いてた赤い血で貧血を起こして倒れたからだ。克服出来るのかも分からねぇし、不甲斐ないって思ってる。


 それに将来この目は失明するかもしれない。それでも、俺のそばにいてくれるのか? 


 こんな不自由な俺でも、彼氏にふさわしいって思ってくれるのか?」


 往人さんの視力は0、1以下だと前に聞かされていた。

 全色盲は非常に稀な病気で視力が低く、有効な治療法がないと。


 往人さんの言葉通り、いつか私と同じように全盲になって私のことも見えなくなるかもしれない、それは妄言ではない本当のことだ。


 だけど、私はそれでも往人さんのそばにいたいと心から思っている。

 往人さんを色のない灰色の世界から救い出したいと思ってる。

 だってもう、この身体が往人さんを受け入れてしまったから。欲してしまったから。


「往人さんじゃないと嫌だよ。私にとって一番一緒にいて安心できる人なんだから。


 それにね、往人さんは自分の不自由さに負けてない。周りの期待に応えようと頑張っているよ。私もそうなりたいって思って生きてるからよく分かるよ。


 往人さんは私のこと好き? 一緒にいたいって思ってくれてる?

 私は往人さんの気持ちが知りたい。

 往人さんの気持ちを大切にしたいから」


 私は往人さんの素直な気持ちを知りたくて意地悪に聞いた。


 人間は産まれた時から不自由な生き物なんだと私は思う。

 自分で立ち上がることも出来なくて、言葉も話せなくて、泣いてばかりいて。


 それでも、時を刻み身体も心も少しずつ、着実に成長していく。

 人という生物は社会的な生物で、言葉を使ってコミュニケーションを取ることを知って他者から学び、模倣していく。

 

 だけど、感情があって、仲良くなりたいと思ってもなかなか通じないこともあって。


 だからこそ、支えになる誰かが必要で、何時まで経っても人恋しいんだ。

 言葉や身体で分かり合おうと、一生懸命になってしまう生き物なんだ。

 

「好きだよ……郁恵のこと。

 最初にあった日、これは夢か幻なんじゃないかと心を震わせながら思ってた。


 でもさ、喫茶さきがけで郁恵を見掛けるようになって、死んだ母親のように色を持った郁恵は、今この瞬間も息をしている実在する本物なんだって分かった。


 こんなに綺麗で人間味があって、目が見えなくても前向きで充実した顔をしていて、母親以上の色彩を持った女性がいるんだって惹かれていった。


 求めてしまうことで傷つけてしまうんじゃないかと話しかけるのを躊躇ってしまってずっと話しかけることが出来なかった。


 でも、今こうして二人で言葉を交わし合っていて思うんだ。


 好きって気持ちを我慢するのは堪らなく辛いことだって。


 俺は郁恵の笑顔を奪いたくない、郁恵を笑顔にしてやりたいんだ。

 精一杯、好きって気持ちを守りたいんだ」


 往人さんの返答に感動を覚えた。

 一人の女性として、これほどに想ってもらえている私は幸せだ。

 高鳴る鼓動と共に、心から感謝を噛み締めることが出来た。


「往人さん……ありがとう。

 私達、相思相愛だね。好きって気持ち、一緒に守って行こうね」


 心からの祝福を抱き、私から手を差し出して往人さんがそれを握る。

 往人さんの温もりを感じられること、それがどれだけ安心を与えてくれるかよく分かった。


「初めて出来る彼氏さんなんだから。そばにいてくれないと嫌だよ」


「責任重大だな……」


「そうだよ、ちゃんと幸せにしてくれるって信じてるから」


 優しく微笑んで、私は愛情いっぱいに言葉を紡いだ。


「分かったよ。俺も嬉しい、まるで夢を見ているみたいだ。郁恵が俺の彼女だなんてな」


 その紡がれた言葉で何があっても大丈夫だって思えるようになった。


 往人さんは歳の差を気にしていたけど、もうそれも過去のことになっているようだった。


「うん、私もお願い、ギュッと抱き締めて、離さないでよ……」


 下を向いて、嬉しさのあまり涙声になってしまう私を優しく抱き寄せる往人さん。その愛おしくて逞しい、大きな身体に受け止められる。


「どこにも行くなよ、俺のそばにいろよ」


 弱さを強さに変えて身体を重ね合わせ、一つになった瞬間、全てを理解したような気がした。


 この世界にありふれているたくさんの愛言葉。


 その全てが今この瞬間と重なっているんだ……。


「私はここにいるよ……目が見えなくてもここにいるよ……」


 嬉しくて、切なくて、愛情に満たされていく中で声が震えていた。

 今日、二度目の嬉し涙を流し、往人さんは私という存在を身体に刻み付けるように抱き締めて、おでこにキスをして頭を撫でてくれた。


 天に昇るような心地で私もその想いに応えようと、ギュッと抱き締め返した。

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