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第十章「天使は往く鐘の音が鳴る方へ」3

 喜んでくれることを期待しながら苦労して編みこんだ手編みのマフラーを往人さんへ手渡す。


「マフラーか……これは白色か?」

「分かりますか?」

「予想だけどな」

「正解だよ。ちょっとは色を取り戻せてるのかな?」


 躊躇うことなくマフラーを受け取ってくれた往人さん。

 大切なことだが、私たちが一緒にいることの意味、その一つに往人さんが色を取り戻すことがあった。


「どうだろうな……色に関しては感覚的なものだから明確に見えるようになって来たっていうのとは異なるが、少しずつってところかな。

 それでも六龍(ろくりゅう)は完成したから、郁恵と一緒にいる効果は十分にあったぞ」


 六龍……。去年のノーマライゼーション絵画展にて、刀を口に咥えた青龍図を公開してから一年以上かけて往人さんは立派な六龍を完成させた。


 残念なことに私ではその大作をこの目で鑑賞できないけど、往人さんからの話しを聞いた限りの情報では六龍はそれぞれが全く異なる刀を口に咥えていて、その不思議を解き明かしたい意識を鑑賞者に意図的に宿らせるように仕組まれている。

 そうした効果も巧みに使いこなしたことで話題性が立ち上り、評価は高いものになったそうだ。


 六龍という発想自体、そう簡単に構想できるものではない。

 当初は青龍から一番連想されやすいであろう、伝説上の神獣で京都の東西南北を守護する四神、朱雀(すざく)玄武(げんぶ)白虎(びゃっこ)が連作として描かれていくと予想されていた。


 往人さんの母親、桜井深愛(さくらいみあ)さんも京都の景色をキャンバスに多く描いてきたから、京都の東西南北を守護する守護聖獣を描くことは不思議ではなく、むしろそれが一番期待され、望まれた展開であるはずだった。


 だが、それをもちろん知りながら、往人さんはその予想を裏切り、多くの伝承が世界に残る、神々しく美しい龍の姿を六作続けて描いて見せた。


 赤龍や緑龍など、一色に色分けされた六つの龍が並んだ姿は見るものに衝撃を与えるだけの迫力があり、その光景はまさに壮観だという話だ。


 そんな作品を制作した理由は意外にも単純、最初の青龍を発表した令和六年が辰年だからだというもの。

 それ自体は真っ赤な嘘というわけではないではないけど、六龍であるもう一つの理由があることを私は後になって聞いた。それは天地東西南北の方向を示しているかららしい。

 答えを二つ用意している辺り、私は往人さんらしいなという感想を持った。


「油絵って一枚描くのに何か月も製作期間をかけたりするんだね……。私ってば無知が過ぎるからビックリしちゃったよ」


 六龍はそれぞれ二十号サイズに揃えていて、家に飾る場合はリビングルームなどでないとなかなか難しい大きさだ。それを油絵で仕上げるのには画力に限らず、相当な時間を要するとのことだった。


「完成度って意味では時間をかけてクォリティーを上げられる油絵は根強い人気があるな。描く方の労力でいえば価格に見合うとは限らねぇが」


「でも、六龍は喜んでもらえた」


「見るものを魅了し代表作になれたのなら、苦労も報われる。美術に限らず、芸術という分野はそういうものだよ」


 想像するだけでも六龍が並んだ姿は幻想的で美しい。龍は願いを叶えてくれる伝説上の生き物と言われているが、六龍が揃えば叶わない願いはないような気さえする。


 世の中には六龍法占いなるものもあり、月龍、火龍、水龍、地龍、風龍、空龍と六つの龍タイプに見立てることで、様々なことが分かり、開運に導く生き方を探ることが出来るそうだ。

 占いというのはその多くが善行を重ねて行けば良いことを待っているという導き方に寄っていて、占いを信じることで自然と人々の調和を目指しているのだろうと私は思っている。


 それはそうと、往人さんは大きな声で言わないが、最初に六龍の絵画を買ってくれたのは何を隠そう坂倉さんだ。

 画商の役割はいい物を適切な値段で買い取り市場に出すことだと坂倉さんは口にしていた。その言葉通り、坂倉さんの展開した言葉の力のおかげで六龍の価値は大きく跳ね上がって、コレクターの目にも止まり見る者を惹き付けている。


 言葉で通じ合ったわけではないが、糸が切れることなく、二人の関係が継続しているだけで私は安堵すると共に心まで安らいだ。


「往人さんのためになれてるなら良かった。

 マフラー大切にしてくださいね」


「もちろんだよ。手編みのマフラーなんて大層なものを貰うの初めてだ。

 大事にするよ、すげぇよく出来てて郁恵は器用なんだな」


「器用というほど上手ではないです……。

 試行錯誤の賜物です。往人さんが頑張っているのを見ていたら、私も何か作りたいなって思ったので」


 毎日の積み重ねて完成したマフラーが往人さんの下へ旅立った。

 

 往人さんは過剰な褒め方をせず私を子ども扱いしない上に、何にどう苦労をしているかも分かってくれる。私を弱い人間じゃないと認めてくれている証拠だ。


「俺も実はクリスマスプレゼントがあるんだ」


 そう言って今度は往人さんからネックレスをプレゼントしてくれた。

 手に取り、感触を確かめるとチェーンの先端には水玉の形をしたものが付いているのが分かった。


「凄い……本物のネックレスだ。これは、何が付いているの?」

「ラピスラズリだよ。深い瑠璃色の天然石だ」

「12月の誕生石だよね? 往人さんにお似合いなのに」

「俺は師匠からラピスの付いたブレスレットをプレゼントされたことがあってな。海外でついでに買って来たらしいが。そういうことで、これはお揃いだ」

「本当に? 嬉しい……お師匠さんも可愛いところがあるんだね」


 聖なる宝石と呼ばれる美しい青色をしたラピスラズリ。

 神秘的に深く濃いブルーの夜空に帆の輝きのような模様が浮かび、「幸運、真実、健康」などの石言葉がある宝石。

 和名を『瑠璃(るり)』、世界で最初に「パワーストーン」と認識された宝石と言われているものだけど、何よりお揃いというのが私にとっては嬉しかった。


 クリスマスケーキを一緒に食べて、プレゼント交換をして、満たされた気持ちの中で私はここに来た一番の目的を思い出した。

 

 二人きりでいる今この時が千載一遇のチャンス。

 これ以上ないシチュエーションの中で、私は一歩を踏み出そうと緊張を堪えて声を掛けた。

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