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第九章「プリンセスハーモニー」7

 全ての演奏が終わり、ローソクの火は消え、窓は開け放たれた。

 まだ時刻は夕方、そこからは立食パーティーが催され私はサンタ衣装のまま、振舞われたお料理に舌鼓を打った。


 フライドチキンやポテト、チーズたっぷりのピザまで、たくさんのお皿が並べられたようで、楽しげな声がいっぱい聞こえてきた。


「郁恵、とっても素敵な演奏だったよっ! 華鈴さんもピンク色のドレスを着てフルート演奏してて、全然普段と雰囲気違って、もうたまんないくらいラブリーだったよっ!」


 華鈴さんのことをラブリーと表現するのが恵美ちゃんらしいなと思いつつ私は歓喜の声を受けた。


「ありがとう、恵美ちゃん。集中してたから、一気に気が抜けちゃった」


 演奏が終わった後は心地いい達成感で心はいっぱいだったが、身体の方は炭酸の抜けたソーダのように気の抜けた感じだった。


「本当に私もびっくりしちゃったわ。誰もがびっくりしてたと思う。

 目が見えないのにあれだけの演奏が出来るんだから。

 人間って不思議な生き物だなって思うの、可能性に満ちてて、どんなことでも不可能じゃないって思わせてくれて」


 今では全盲の視覚障がいを持っていてもプロの演奏が出来ることが証明されているが、一昔前はそんなこと出来るはずがないと思われていた。

 だが、それも勝手な思い込みに過ぎない。


 そんな風に言われてしまい、落ち込むこともあるが、強い心があれば反骨心で立派な演奏を披露するまでに成長することが出来る。

 人間という生き物の可能性……それは五感の一つを失ってもそれを補おうと補完し合う力にあるのかもしれない。


 パーティーが終わり、店の扉が閉められたのは夜八時を回った頃だった。


 私は疲れはありながらも、着替えをすることなく荷物をまとめて出掛ける支度をしていた。


「そろそろ、往人君のところに行くのかしら?」

「はい、待ってくれていますから」


 華鈴さんから声を掛けられる。私に迷いはなかった。


「一人で大丈夫?」

「今日はクリスマス、街の街灯も賑やかです。フェロッソがいれば往人さんのところに行けますよ」


 出来る限りの笑顔を浮かべ、安心させようと私は返事をした。

 マフラーを巻き、手袋を着けて、フェロッソのリードを握り、準備は終わっていた。


「分かったわ、それじゃあ、これを郁恵さんに預けるわね」

「これは……クリスマスケーキですか? それとも、お誕生日ケーキですか?」


 販売をしていたのですぐに手触りで分かったが、五号サイズはありそうなケーキが手渡された。

 冗談交じりに余計な詮索をしてしまったが、きっと中身はこの喫茶さきがけで作られた立派なクリスマスケーキだろう。


 ケーキの味は少し味見をさせてもらっているので知っている。

 すぐに完売した人気商品なのに、ずっと残してくれたのだと思うと嬉しさが込み上げて来る。


「さぁ、それはどちらかしらね……楽しみにしてちょうだい、きっと往人君にも喜んでもらえるわ。

 どちらにしても二人で一緒に食べなさい。きっといい思い出になるはずよ。

 素敵な演奏を一緒にしてくれたお礼だと思って」


「ありがとうございます。華鈴さんと出会えて私は幸せでいっぱいです!」


 感極まって私は声を震わせながら言った。


「私もよ、健闘を祈るわね」

「はい!」


 演奏の後にも受けた抱擁をもう一度私は受けた。

 

 華鈴さんは随分前から、素敵な演奏を聴いてもらった後に往人さんに想いを伝えたいと話してある。

 だから、これは応援のエールとして譲ってくれているのだ。往人さんがここに来れなくなるというイレギュラーはあったけど、今日という日に想いを伝えるために。


 私はサンタ衣装の上に厚手のコートを着ると、みんなに別れを告げてフェロッソと一緒にまだ賑やかさの残る喫茶さきがけを後にした。


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