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第九章「プリンセスハーモニー」2

 暑い夏から寒い冬へと、秋を経由して気候が変わってからは早いことに、去年、私が左腕を骨折してしまったため開催できなかったクリスマス演奏会の前日を迎えました。


 今年は怪我もなく練習を順調にこなし、華鈴さんに励まされながら準備を続けてきました。一年越しということで楽曲も増やして曲目は豪華になっていくら練習しても時間が足りないという気持ちでいっぱいです。


 街にはクリスマスソングが流れ、飾りつけもされています。

 喫茶さきがけも演奏会に向けて飾り付けをすることになり、私の身長くらいあるクリスマスツリーを飾り、私が少し背伸びをしててっぺんに星を取り付けました。

 厨房の方ではクリスマスメニューもあってなかなかお忙しいようです。

 毎年恒例となっている予約者限定のクリスマスケーキは完売して、必死に当日に向けて準備に取り掛かっておられます。


「これでリハーサルも終わりだから、今日は帰りなさい」

「もう少し練習したかったのに……」


 早めに喫茶店をCLOSEにしてもらい、リハーサル練習を華鈴さんとしていたが、もう時間になってしまったようだ。

 グランドピアノを奏でる両手が温まって来たところで終わりになるのは物足りなさが残る。

 まだ疲れが身体に伝わってくる前の段階だったため、私はつい名残惜しくて口をついた。


「陽が落ちるのが早くなってきたから。夜道は気を付けて早めに帰宅した方がいいわ」

「はい……分かりました……」


 華鈴さんはこの後も仕事が残っていて、忙しい様子なので私は華鈴さんの言葉を聞き、大人しく早めに帰ることにした。


「自由に練習できなくて、いつも悪いわね。消音ユニットを取り付けてあげられたらよかったのだけど」


「いいえ、お気になさらないでください。それはご負担になると分かっていますから」


 お店の扉や窓を閉めれば防音になるが、開店中はお客さんの目もあって安易に練習出来ない。大きくて移動させるのも困難なグランドピアノならではの悩みだが、それを心苦しく思っていてくれているのは、気遣いの出来る華鈴さんらしいところだった。


 厨房で忙しそうにしている往人さんに声を掛けて、私はフェロッソを連れて寮へと戻ることにした。

 帰り道、リードを握る手が寒さでかじかんでしまう。

 身体が冷えないようにマフラーを巻き、防寒着を着ているが、それでも寒波が身体を襲って来る。

 凍るような冷たさで辛いが、何とか我慢を続けて足を動かす。

 会話相手がいない分、イブの晩は今年一番の寒さを感じた。


「フェロッソ……寒いね、もうすぐだからね」


 ピアノの練習で遅くまで残る時は往人さんが寮まで送ってくれるのが、今日は仕事がまだあるので一人だ。

 心細く感じるが、明日のために今日は我慢するしかない。


 寮に到着して一息ついてお風呂に入る。

 肩まで湯船に浸かると、一日の疲れがそのまま温かいお湯に流れていくようだった。


 お風呂から上がり、パジャマ姿に着替えベッドで横になるものの、明日への興奮でなかなか寝付けず目が冴えてしまう。私はイヤホンを着けて明日演奏する曲を聞いて眠くなるのを待つことにした。


「往人さん……喜んでくれるかな……」


 机の上には恵美ちゃんに見守ってもらいながら編んだ白い手編みのマフラーが置かれている。制作期間は二ヶ月、地道に平日も休日も使ってコツコツと編んできた。

 慣れるまでは苦労ばかりしていた私なりに頑張って編み込んだ努力の結晶だ。


「告白……上手に出来るかな……」


 今日はクリスマスイブで明日はクリスマス。そして明後日は往人さんのお誕生日を迎える。


 私は明日の帰りに告白をして、明後日は往人さんとデートに出掛けようと計画している。


 未来のことなんて分からないから、私の告白が成功するかは今のところ分からないけど、既に予定は空けてもらっている。


 お師匠さんの神崎倫太郎(かみさきりんたろう)さんはお忙しい方で明日の午後にパリに仕事で出掛けるらしい。国際的に活躍をしている画家さんは海外にも頻繁に用事があって出掛けるようで雲の上の世界のようだ。


 そういうわけで、お師匠さん不在のため私はお誕生日を祝う役目も兼任している。

 私なんかでいいのかと最初は思ったが、お師匠さんから退屈してるだろうから一緒に過ごしてやってくれと言われてしまった。


 喫茶さきがけではクリスマスが繁亡期(はんぼうき)で特に忙しい分、クリスマスの翌日は休日が与えられていて、往人さんは他の友人と会う約束もないらしい。

 

 恵美ちゃんを誘ってみたけど、”チャンスじゃない! 二人きりで幸せな時間を過ごしなさい”って説教するような口調で言われてしまった。

 

 確かに三人でお出掛けしたりパーティーをしたら、恵美ちゃんは置いてけぼりを食らって不機嫌になってしまうだろう……往人さんと恵美ちゃんは特に仲が良いわけでもないから……。

 

 結局のところ、渡りに船、前向きに考えれば私にとって好都合にも二人きりになれる機会に恵まれたのだ。


「はぁ……往人さんに断られちゃったらどうしよう……気まずいなぁ……」


 演奏を聴いてもらった後に告白すると決めた手前、意識すればするほど緊張が襲ってくる。


 普段はネガティブなことは考えないように努めているのに、こういう時だけ異常なほど不安が襲ってくる。人間の心理というものは何と面倒なのか。


 もしも……告白を断られてしまったら、明後日は気まずい気持ちで往人さんと過ごすことになる。

 往人さんに寂しい思いをさせるわけにはいかないから、逃げるわけにも行かない。

 一世一代の告白をすると決めたのに、気持ちが晴れない憂鬱な気分だった。


「いやぁ……そんなことを考えてちゃダメっ! 絶対この気持ちを届けるっ!

 絶対、私のこと好きって言ってくれるもんっ!

 私……もう逃げたくないから……往人さんを離したくないから」

 

 初めて好きになったかけがえのない人。

 たくさん助けてくれて、隣のいると安心できる人。

 もっと甘えて、手を繋いだり、抱き締めて欲しい。

 誰かに取られてしまうのも、微妙な距離感のまま、いつまでもいるのも耐えられない。


「私……頑張るから、明日は楽しみにしていてね、往人さん」


 ぺんぎんのぬいぐるみをギュッと抱き締めながら、ようやく睡魔が襲ってくると、私はスマホを拾い上げ音楽を消して、身体から力を抜いて睡眠に入った。


 明日は今年一番の楽しい一日になる、そう願いを込めながら。

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