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第六章「二人の時間~色のない世界で生きる俺と~」6

 さすがにすぐに思考がまとまらないので一旦手を止める。


 全体の輪郭線(りんかくせん)は描き終わり、六種類以上の鉛筆を駆使して顔を描き終わったところだった。人物に限らずデッサンは師匠に鍛え上げられてきた。

 十分な時間がない中でここまでの出来に仕上がっていることには自分なりに満足できていた。


 目を閉じて、腕の休憩にもよしとして、思考をクリアにして今一度考えてみる。

 こういった哲学的な問いに恐らく明確な答えはない。

 だから、主観的な見解も含めて話すことに決めた。


「イタリア人女優初のアカデミー賞を受賞したソフィア・ローレンは”美しさは、内からみなぎり、目から溢れるもの。外見だけの話じゃないの”と言った。


 模範的で美しい言葉だ。確かに美しさを外見のみで語るのはナンセンスだろう。だが、ファッションを含め、外見の中に滲み出ているその人の人間性に着目することも大事なことだ。


 一方で哲学者のカントは、”美は我々の認識対象としての事物の中にあるのではなく、ある事物を美しいと判断する人間の「認識能力の働き」の中に美の根拠があると考えた”。


 共感しているとまではいかないが、俺はこの考えに近い。

 男らしさや女らしさが時代の流れと共に変化してきたように、美に対しての印象や認識は個々の人間単位で変化しているように思う。それは毎日を生きているだけでは気づきにくいが、歴史的に俯瞰して見てみれば変化していることに気付くだろう。


 俺が思うに君は普通の人が目で見ている以上に、限られた情報から自然と想像を巡らせることで相手の内面がより見えているのではないか?


 たとえ目が見えていたとしても他人を信じることは難しい。


 それは心は目には見えないからだが、君は目が見えない分、想像力を働かせて高い洞察力で信じるべきことを見定め、迷いを出来る限り断ち切っているように見える。


 俺なんかに気を許している辺りがその証拠だ。

 師匠に赤髪に染められ、それだけでなく直射日光などの眩しい光に目が弱いため遮光眼鏡を着けている俺は周りから浮いて見える。だが、君はそんな俺の容姿など知ることなく俺と接してきた。


 容姿に誤魔化されることなく、内面的な方向に視野を移して、外見で人を判断しないということが君に幸運を生んでいる可能性も少なからずあるということだ」


 難解な問いに偉人の言葉を引用しながら自分の見解を口にする。

 彼女の疑問が一体どこから湧いてきたのか、そのことも想像して出した俺の言葉の後で、彼女は二、三回小さく頷いて見せた。


「往人さんにとっては……往人さんにとってはどうなんですか?」


 さらに質問を続ける彼女。

 前田郁恵という女性は、大学生なだけあって興味を持ったことに対する向き合い方がしっかりとしていた。


「俺は美に対するこだわりも欲求もない。ただ真に美しいものを貶めようとする行為は許し難いな」


 しっくりこない言い方になってしまったが、彼女は俺の言葉に納得したようだった。


「私はミスコンテスト四位という結果に相応しいとは思えませんでしたが……。容姿だけで選ばれるわけではないとは分かってはいますが、私のような人間を応援したいという美意識に駆られて投票した方もいらっしゃるということでしょうか……」


「そうかもしれないな……。何にせよ、ああいう下賤なコンテストに本気にならないことだ。多くの大学で廃止になっているのにはそれなりに理由がある。

 四位という評価で前向きになれるならそれでもいいが、知名度が高い生徒が圧倒的に有利なことには変わりない。

 有名なファッション雑誌にでも載っている生徒はそれだけで優勢であることは揺るぎないだろう。参加はこれっきりにしておくんだな」


 盲導犬を連れた彼女はそこにいるだけでも目立ち、興味本位に悪意を向けられる恐れがある。

 悪戯や嫌がらせ行為をされ、彼女が傷つくかもしれない。


 そのことから、ミスコンテストにまで参加して彼女が学内で知名度をさらに増し、有名になることを心配している立場だった分、答えづらいこともあったが俺は出来るだけ参考になるよう言葉を送った。


 真剣な話をし過ぎたせいか、表情を曇らせているのが目に見えた。

 俺はそろそろ頃合いかと考え、休憩時間に入ることにした。

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