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視えない私のめぐる春夏秋冬  作者: shiori@


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第六章「二人の時間~色のない世界で生きる俺と~」3

 師匠は以前から結婚には興味がないと口にしていた。

 束縛されることや約束事を強制されるのが何より受け入れがたいのだそうだ。


 結婚観も変わって来た昨今、地方と都会では未だ差はあるものの、結婚して子孫繫栄を第一に考えることも減ってきている。

 自由に生きることを選び、または選ばされる社会で幸せを自力で獲得し、実感することは簡単なことではないが、師匠は今の生活に不満はないらしい。

 

「お前は気を張らなくて接しやすい。余計なストレスも干渉もしてこないしな。何より家事全般が出来て飯が上手い。だから、気にせずここで絵を描き続けるといい」


 これを男同士の同棲生活と想像すると吐き気を催すが、そういう想像はしないことしている。

 

 そんな師匠も聖人などではなく女遊びをしていないわけではない。

 時折、朝帰りして帰る日もあって、そういう日は朝食を食べずに部屋に入ってすぐに就寝してしまう。どこに行ってきたという報告もなく、絵描き仲間と会ってきた様子もないので多少は察することが出来た。


 性欲は発散しなければ溜まっていく一方だ。だから仕方なく発散していると師匠は言っていた。女は心変わりがしやすく後腐れのない関わり方が楽だと。


 異性にモテる師匠の言動にいちいち共感をすることもなく、女性に対して幻想を抱いているわけではないが、俺にはどうにも腑に落ちない話だった。


 昼頃になって俺は待ち合わせ場所になっている喫茶さきがけへと向かった。

 何故か美桜さんによってアトリエ滞在時間が決められ、俺は前田郁恵の行き帰りの送迎までさせられることになっていた。


 横暴なやり方だが、女の子を安心させるためにそれくらいはしなさいということのようだ。大学生にもなった女性に対してその過保護ぶりはどうなのかといっそ愚痴りたくなったが、美桜さんの前では反抗した態度が取れないほど圧倒的な立場の違いが存在している。


 いい歳して若作りしているおばさんと投げかけてやりたいが殺されかねないので、俺は大人しく従うことにした。


 あの人だけは敵に回してはならない。以前に美桜さんをストーカーしてしまった男性が社会的に抹殺された恐ろしい過去を知っている俺には陰口すら口にすることは出来ない。


 くだらない余談を考えている内にアルバイト先に俺は到着した。

 今日は非番だから裏口ではなく正面扉を開き、そのまま店に入っていく。

 クラシック音楽が掛かった店内のいつもの席に盲目の少女が座っていた。


 そこは常連かつ喫茶さきがけのピアニストである彼女の特等席、目が見えなくても経験を頼りに自力で辿り着ける場所。予約席の札が置いてあり、満席の時以外はいつも彼女用に空けてあるテーブル席だった。


 長い黒髪を下ろしたその姿を視界に入れたままゆっくりと席まで近づいて行く。色を宿しているだけで、白黒の背景の中に天女のように光を帯びて活き活きとしているように見えた。柄にもなく俺は緊張していた。

 

 不自由をもろともせず、明るく元気に振舞う姿が印象的だが、それだけではない喜怒哀楽をこれまで見てきた。

 

 最初に出会ったあの日の衝撃を忘れた日はない。何とか必死に関わらないように努めなければならないほどに、目に入るたび惹かれてしまい動揺が走った。


 線が細く強く握ってしまったら簡単に壊れそうに見える頼りない身体。

 ただ一人、色を認識できるその姿は母よりもさらに色白な美肌で(せい)を感じるその血の巡る肌が恋しくも愛おしく感じてならない。

 

 彼女はまだ俺の秘密を知らない。


 俺から見て死に別れた母と同じく色を持った特別な人であることを。


 気付かれることなく俺はテーブルまで辿り着き、そっと肌を露出させている首元に手を触れた。


「わぁーーーー!! やっぱり往人さんですか。お、驚かせないでください……もう、心臓が止まるかと思いましたよ」


 前田郁恵が振り返り悲鳴に似た大きな声を上げる。

 全盲だとすぐに相手が誰かを判別できないことが多いが、俺が軽く声を掛けるとすぐに判別できたようだ。

 彼女は点字楽譜(てんじがくふ)に指を添えて譜面を読むのにずっと集中していたようだった。

 驚かせて悪かったと思い俺は謝罪をして許してもらった。

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