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視えない私のめぐる春夏秋冬  作者: shiori@


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第四章「summer treasure」2

「それが……坂倉さんのしていることなんですね……」


「まぁ、目の見えない君に言ってもなかなか理解されない趣味かもしれないがね。買うものがいなければ……評価する者がいなければそれは実力と認められない。非凡の天才と称えられることなく、凡人として名を残すことなく世間から消え去っていく。それが当たり前に存在するのが芸術の世界だ」


 芸術の世界の厳しさがひしひしと感じる言葉。趣味という割には安くない買い物をしている。坂倉さんの家はお金持ちだとは聞いているが、私には想像の出来ない世界だった。


「そうですね……私には坂倉さんと同じものを見ることは出来ませんから。

 ちなみに、興味を持った絵はありましたか?」


 聞く限りにおいて彼の趣味を否定する道理はない。

 白杖片手に絵の具の匂いに釣られて絵画展までやってきたが、どんな作品があるのか分からないままここを出るのも寂しいと思い、私は坂倉さんに思い切って聞いた。


「あぁ、個人的に応援している画家がいてね。名を桜井往人(さくらいゆきと)と言うが、彼の作品を見ていた」


「それは、どんな絵なんですか?」


 私には見えない坂倉さんの視線の先にあるもの。

 心惹かれ、釘付けにするもの。

 それがどんな人のどんな作品であるのか気になった。


「青一色で描かれた青龍を描いた絵画だよ。モノクロ絵画と同様に一色に絞って描かれた絵画自体は珍しくないがね。彼にとっては努力をしているようだが、それほど美しい色彩のコントラストではない。青龍が剣を咥えているというのは良いアイディアだと思うがね」


「青龍刀ですか……?」


「そうかもしれないな。そう思ってみるのが面白いだろう。

 せっかくアトリエで絵の修行をしているのだから、もう少し頑張ってもらいたいものだよ、彼にはな」


「お知り合い……なんですか?」


 当然の疑問が頭に浮かび問い掛ける。推し活という言葉が流行しているが、そういう類いとは違うものを私は感じていた。


「まぁ、こいつは慶誠大学の卒業生だからな。在学中から認識しているよ。

 同い年なんだ。俺は留年しているけどな。

 医学部の俺はまだ三年も通わなければならない、そろそろ楽しみもなくなってきてうんざりしてきた頃だってのに」


「それはご愁傷様です……。でも、お医者さんになれるんですから、当然続けて努力し続ける価値はあるでしょう」


「努力し続ける価値か……自分の親を見ていると、そんな価値があるとは思えないがな」


 声のトーンが下がってポツリと坂倉さんが呟く。難しいことだけど、お金を稼ぐことだけが人生ではないと言いたげな様子だ。


 医者は人の命を預かる責任感を伴う仕事の典型だ。それ故に収入は著しく高額だが、その責任感に押し潰されて病んでしまう人も多い。

 坂倉さんの親がどんなお医者さんかは分からないが、近くで現実を見ているからこそ、憧れよりも感じる葛藤があるのだろう。

 知れば知るほど坂倉さんは不思議な感性を持った雲の上の人に思えた。


「分かってもらえたと思うが誤解されたままでは困るから言っておこう。俺もミスコンのような道楽ばかりに関心を持っているわけではない。


 写真撮影の日付は聞いているな?

 待っているよ、君は自分のことを良く分かっていないようだが、俺は君のことを優れた被写体だと思って勧誘しているよ。


 絵画には描いた作者の魂が宿るが、写真には被写体の魂が宿る。

 一枚の紙に宿った魂の声に一度耳を澄ましてみるのもいいかもしれないな」


 少し感心したところで再びミスコンの勧誘をしてくる坂倉さん。

 ここに来て参加を迷っている自分がいたから、私の心は大きく揺らいだ。

 

「まぁ、ここには絵画ばかりを置いているわけではない。

 ガイドヘルパーを付けてきているのなら、解説してもらいながら粘土細工でも触っていくといいさ。俺は目ぼしい絵画を見学できれば十分だからな」


 小さく足音が鳴り、絵画を物色していた坂倉さんが離れていく。

 画商として目を光らせて見ていたのなら、ただ眺めるだけより色んな感想を胸に秘めているのかもしれない。

 優しいのか疑わしいのか最後まで坂倉さんのことは分からずじまいだった。


 こういった場所には観覧者が触ってもいい工作作品も置いてある。

 粘土細工は子どもの頃好きで作っていたので十分私でも楽しめるだろう。

 そう思い、彼の言われるままに私はガイドヘルパーを連れて粘土細工を触って回った。


 費用がかさんでしまうからか、一つ一つの作品に音声解説は付いていなかったが、川崎さんが同行してくれているおかげで一作ずつ談笑しながら楽しむことが出来た。

 

 馬だと思って触っていたら実は牛だったり、クイズをしているような心地で想定外にも夢中になって絵画展を観覧していたせいで、講堂に戻った頃にはピアノ演奏会は閉会の時を迎えていた。


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