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第三章「カンパネラの音色に導かれて」4

「若いピアニストさん、どうぞお待たせしました」

「あっ……ありがとうございます、ピアニストではなくてただの大学生なんですよ」

 

 明るい接客で料理を持ってきてくれたウェイトレスの女性。

 私はついつい苦笑いを浮かべ感謝を伝えたが、空腹のあまりお腹がすでに鳴ってしまいそうだった。


「グラスは右側、おしぼりは手前に置いておくわね」


 そう言って、オムライスプレートを私の目の前に置き、プレート内の配置を口頭で教えてくれる。香り立つハヤシライスソースと食欲をそそる湯気が立つ。


 とんでもなく見事な演奏を披露してくれた謎の女性は帰ってしまったが、私はサラダが一緒に載ったオムライスプレートに舌鼓を打った。


 私的に嬉しいポイントはシャキシャキとした触感のレタスを主としたドレッシングのかかった新鮮な生野菜サラダとポテトサラダが両方載っていたことだ。私はポテトサラダが好きでついつい嬉しくなって最初に食べて完食してしまった。


 ハヤシライスソースのオムライスはマッシュルームと牛肉が煮詰まってしっかりと味が染みていて美味しく、バターライスのオムライスとも合っていて、口の中が幸せでいっぱいになるほど美味であった。


 大満足で店内をゆっくり過ごし、ランチのピークを過ぎた頃に先ほどのウェイトレスの女性からこのお店のことを私は聞いた。


 ここは”喫茶さきがけ”という店名の商店街の一角にある喫茶店だそうだ。

 店内フロアは読み見掛ける普通の喫茶店に比べて広く、二階席もあるという。

 グランドピアノを置いておけるのもその広さがあってのことだろう。

 一度建て直しをして五年ほど前から改装開店したそうで、そのおかげで木造建築の良い香りがするのも納得いくところだ。


 お店はウエイターをしている美桜華鈴(みさくらかりん)さんと店長の美桜雄二(みさくらゆうじ)さん親子が仕切って経営していて、今厨房で働いている人たちも含めて、後はアルバイトだそうだ。


 先程まで気さくに話しかけてくれたのが華鈴さんでかれこれこのお店のウェイターを十五年以上勤めているという……確かに仕事慣れしていて接客が上手だと思ったが……。

 声も若々しくて私のような人間にも理解があって、優しく接してくれたのでもっとお若いのかと思ってしまった。いや、実年齢を聞いたわけではないが恐らく三十代後半だろうと推測は出来ていた。


「そんなところかしらね……喜んでもらえた?

 いつもピアニストが来店して演奏を披露してくれるわけじゃないから、そこは期待しないでいてくれると、お店的には助かるわね」


「いえいえ、お料理も美味しくて居心地の良い場所です。

 それに、グランドピアノがあるなんて贅沢です。オーストラリアで暮らしていた私の家には小さい年代物の電子ピアノしか置いていなかったので」


 店長が淹れてくれたカフェラテを飲みながら華鈴さんとの談笑を楽しむ。

 とても飲みやすいのに、深みのある珈琲は挽き立ての香ばしい香りとコクがあって美味しく、珈琲に詳しくない私でもインスタントでは味わえない愛着を持つ味わいだった。


「なるほどね。気候の良いオーストラリアでピアノを学んでここまで上手になったの。楽しそうに演奏していて、クラシック音楽もお好きなのね」


「そうですね、日本に戻って来てからは寮暮らしなのでピアノに触れないので、今日は久しぶりに楽しませていただきました」


 オーストラリアでは目の見えない私のために、ピアノ講師を父が探してくれた。

 最初の頃は曲をまともに通しで弾くところまで行けなくて苦労をしたが、先生と二人三脚で頑張ることでここまで成長することが出来た。

 保育士になる夢と一緒にピアノを上手くなりたいという私の願いは少しずつ現実のものへと向かって、進むことが出来ている。


「あらまぁ……好きなピアノに触れられないのは辛いわね……。

 そうね、時々でよかったらここで弾いてみないかしら?

 営業中でなくても、弾かせてあげられることは出来るから。

 練習も兼ねて前向きに検討しておいて」


「いいんですか……? 立派なグランドピアノなのに」


 思わぬ提案を持ち掛けられて私は驚いた。

 華鈴さんは親切してくれたから感じるが、思い付きで言ったとしても嘘は言わない人だ。

 私のために本当にピアノを触らせてくれることだろう。


「調律とか、維持費がかかる割にあまり使ってないものだから。

 遠慮は無しよ、ピアノも喜んでくれるから。

 時々でもこの場で演奏を披露してくれたら問題ないわ。

 ちなみにどんな曲を練習しているのかしら?」


 明るく華鈴さんが言う。確かに立派なグランドピアノがあるのに演奏者がいないのであれば勿体ない。


「そうですよね……維持費……馬鹿にならないですよね。

 オーストラリアに来る前はチャイコフスキーを勉強していました。

 ピアノ協奏曲第一番を弾けるようになりたくて。

 華鈴さんは弾かないんですか?」


「あら素敵ね。チャイコフスキーはロシア演奏家として名曲が多くていいわよね。くるみ割り人形なんかも私は好きだわ。

 私はピアノは上手に弾けないわね。珈琲を淹れてるお父さんの方がまだ上手なんじゃないかしら。私はね、実はフルート奏者なのよ。一応、さっきのピアニストと一緒にオーケストラで演奏をしたこともあるのよ」


「ええっ?! 凄いじゃないですか! 今度、聞かせてください!

 華鈴さんのフルート、とっても聞きたいです!」


 軽く打ち明けてきたが、私は大袈裟なくらい驚いてしまった。女性でフルートが弾けるのは美しさの極みだ。オーケストラの中でもフルートは華があってクラシック音楽を引き立たせる。私は華鈴さんの生演奏が聞きたくなった。


「あらやだ、そう言ってくれると嬉しいわね。お姉さん張り切っちゃおうかしら。仕事が忙しくてなかなか練習出来てないから、ご期待に沿えるように準備をしておくわね」

 

 謙遜しながらも承諾してくれる華鈴さん。

 華鈴さんと組んでピアノとフルートのデュオをするのも夢ではないかもしれない。チャイコフスキーを一緒に演奏出来たら素晴らしい思い出になることだろう。

 上品な雰囲気に合って、とても素敵な演奏を披露してくれるんじゃないかとつい期待を膨らませてしまう。


 今後もグランドピアノをここで弾くことが出来ることといい、楽しみがいっぱい増えた一日になった。


 様々な話を聞き長居してしまったので、ご馳走様とお礼を言って、私はフェロッソを連れて喫茶さきがけを後にした。


 またピアノを演奏させてくれることといい、どうしてここまで私に興味を持って、親切にしてくれたのか。不思議ではあったが、私は新しい出会いに感謝してフェロッソと一緒に意気揚々と学生寮へ帰るのだった。

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