あとがき
この度は長編文芸作品第三弾『視えない私のめぐる春夏秋冬』を拝読いただきありがとうございました。
14少女漂流記に続いて本作も約25万文字に達する長い連載期間になり、これまで書いてきた文芸作品では最長となりました。
心を込めて書き上げましたので、少しでも楽しんでいただければ、思い出に残るところがあれば幸いです。
ありがたいことに本作は連載開始から過去作を凌駕する青春トレンドランキング三位を獲得し、「特集 心を揺さぶる物語」にて公式で紹介して頂けました。
その後、トレンドランキング最高一位獲得、人気ランキングも最高二位を獲得することになり、自作品の中で本棚登録が初めて100を超えました。これは私自身も予想をしていなかった名誉なことです。応援してくれた全ての皆様に感謝申し上げます。
2024年を舞台に最新の福祉環境を踏襲したため、本作は合理的配慮などまだ社会に浸透していない要素まで描くことになりました。
とても調べることが多く大変な日々でしたが、その努力が報われるほどに、有意義な日々を送ることができました。
登場人物の中に視覚障がいを持った人物を入れた作品は昔からありますが、本作以上に掘り下げている作品はなかなかないのではと思います。
”今を生きる人々に大切な事を伝えたい”
この文芸長編三作品に統一した想いは届けられたのかなと思っています。
その意味では誰もが楽しめる身近なエンターテインメントとして作りながら、視覚障がい者の世界を描けたことはとても光栄なことでした。
今作は作品紹介にも書かせていただきましたが、文芸長編作品第一弾『サンドアートナイトメア』の正式な続編作品になります。
サンドアートナイトメアは私自身、視覚障がいを主人公に多くのチャレンジを込めて書いた作品で随所に私なりの想いを込めて書き上げました。
その後、今回ゲスト出演もしている文芸長編作品第二弾の『”小説”震災のピアニスト』を通じて、文芸作品に対する意識も高くなり、様々な想いを込めて本作に取り組んでいく事になりました。
それでは、ここからは本作『視えない私のめぐる春夏秋冬』ができるまでを振り返っていきましょう。
前作である『サンドアートナイトメア』を書き終えて、視覚障がい者について、より私の中で関心が深まりました。
元々、福祉関係の仕事を日頃からしていることや、ユニバーサルマナー検定一級を持っている事など、障がい者をめぐる社会環境に関する関心は元々あり、私にとってこうした物語を書くことは自分なりに社会的意義のあることだと考えてきました。
そして、サンドアートナイトメアではまだ書ききれていない部分も多くありましたので、この辺りの補完も本作ではしています。
前作で前田郁恵はオーストラリアに渡り、父親である前田吾郎と一緒に暮らし始め、盲導犬のフェロッソと新たな人生を歩み始めるところで完結を迎えますが、これは私なりに綺麗な終わり方でありました。
その後の郁恵の物語を書く辺り、まずは”恋愛要素をメインに取り入れながら、保育士を目指して盲導犬のフェロッソと一緒にキャンパスライフを送る”大学生ものにしようという構想になりました。
『”小説”震災のピアニスト』は恋愛小説の要素が強かったですが、『サンドアートナイトメア』は女性同士の友情をメインに描いたため、恋愛要素を取り入れることができませんでした。
私自身、前田郁恵と向き合う中で、初恋を描いてみたいという想いが強くあり、この二つの作品の要素を併せ持ったような形を考えました。
保育士を目指して大学生活を送るという部分については、実際に全盲の視覚障がいを持っている方で保育士になっている方も現実におられます。それは私達では想像できないほどに、多くの苦労を経験してされたことでしょう。
障がいを持っていても、健常者と同じように働くことができる社会であることは大切な事です。
前例がないなど環境的な配慮がまだまだ進んでいない背景もあり、こうした現実も物語の中で感じて欲しいという想いを込めました。
そうした想いも含め、全盲の視覚障がいを持つ郁恵の大学生活を描く。
文芸作品三作品に一貫した身体障がいを持つ中、奮闘する姿を出来る限りリアルベースで描き切りたい。
そんなモチベーションを持って、本作は始まりました。
あまり触れては来ませんでしたが、モデルとして採用している四年制大学は京都にある同志社大学です。まだプロット段階の頃に学祭にも出向いてイメージを膨らませていたりもしています。
その頃はまだタイトルをどうするか悩んでいた頃です。
最終的に『視えない私のめぐる春夏秋冬』というタイトルが私の中でしっくり来ているので、”わためぐ”として略称も作ることができて良かったと思います。
さて、本作の流れを三つに分けるとすると、前半部分が運命の人である桜井往人との再会までを描いた”プロローグ~第五章”まで。
中盤が第六章~第十三章、ここでは郁恵が往人と再会して仲を深めていき、交際を始め、郁恵が本当の母親について知ることなどが描かれています。一回生の後半から二回生の終わりまでの長い期間を描いています。
そして終盤が第十四章~エピローグになるかなと思います。
ここでは三回生になり同棲生活を始めて、保育士を目指して大学生活を送りながら絵本製作に取り組んでいく過程が描かれました。
それ以外にも多く見どころはありますが、この三つのフェイズに分ける事が出来るかと思います。
桜井往人と再会するまでの流れはこだわりたいと思ったいたので色んな伏線を序盤から入れながら第五章の盛り上がりまで持っていきました。
普通であればもっとあっさりと再会までを描くところですが、”ミスコン”や”画家”それに”喫茶さきがけ”といった本作で欠かすこと出来ない要素を取り入れながら描いていきました。
ミスコングランプリが物語に関わるところは最初から決めていましたが、時代的な背景も考えて非公式の開催として描きました。
郁恵が自分の外見について考えていく描写はあまり予想していなかったですが物語に深みを出せたのではと思います。
次に本作全体を考える上で前作ともつながりがある三つの重要な要素について少し語りたいと思います。
①砂絵に隠された謎
前田吾郎からプレゼントされた砂絵が実は運命の人、往人の母親、桜井深愛が描いた遺作の砂絵であるということですね。
これに合わせてプロローグから往人は郁恵を見て既視感を感じる描写を入れています。
②郁恵の本当の母親、及び前田吾郎が郁恵と一緒に暮らさなかった真相。
こちらは前作で触れて来なかったので、思い切って理由付けをすることになりました。
日本で郁恵と暮らした場合、どうしても知り合いから見ると二人が似ていないことの気付かれてしまうのではと恐れたためですね。
③郁恵の幻聴に現れる真美の真相
前作で父親である前田吾郎の結婚相手からの虐待が入院するきっかけになったことは触れられていたので、こちらはその補足になります。
最終章で前作に登場した看護師の佐々倉奈美さんを加え、真美とは一体何だったのか、郁恵の精神的な病理の部分について様々な角度から真相に触れています。
答えは一人一人違っていいのではないか、そんな想いも込められています。
次に”郁恵が往人たちと一緒に作り上げた絵本について”
元々、”空飛ぶうさぎ”の歌は私が中学生当時、音楽の先生によって伝えてくれた歌です。
私はずっとその時の思い出が歌詞と一緒に残っていて、視覚障がいを描く本作で使いたいと思ってきました。
本作が小説である都合上、郁恵が書いた絵本そのままの文章で説明することは難しいので本作のような描き方になりました。
郁恵の砂浜での思い出とリンクしたある部分があるので最後は病院で目覚める結末にしています。もうひと捻りしたいところですが、今回はシンプルな形にしています。
最後に本当はフェロッソと再会する場面で完結を迎える予定でした。
しっとりとした終わり方を当初は目指していたからです。
しかし、実際に全盲の視覚障がいを持ちながら保育士になった方の声を聞き、保育士になった郁恵の姿を描くことにしました。
フェロッソは別の視覚障がいを持った方のパートナーとなり、郁恵には往人という大切なパートナーが出来て、保育士の夢をかなえることが出来た。
そんな結末を大切にして頂ければ幸いです。
解説は以上になります。
全体的にソフトな内容で親しみやすい作品を目指しましたが、思えばいろんなことにこだわった作品でした。
視覚障がいについて、また障がい者が持っている”不自由”とは果たして何なのか。
今を生きる私達に何が出来るのか。
そんなことを考えるきっかけになれば本作に価値が生まれるのではと思います。
それでは、最後までお読み下さりありがとうございました。
次回作でまたお会いしましょう。
感想やレビューなどありましたら、短くてもよいのでお寄せください。お待ちしてます。