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最終章後編「明日への誓い」1

 ――2027年1月4日、待ちに待った退院の日を迎える一日は朝から往人さんが迎えに来てくれた。


 年末年始を丸々病院で過ごすことになったが、ようやく退院して外に出ることができる。

 私としては少し運動不足の方が心配で、体力も落ちてしまった気がして不安もあるけれど、普段通りの日常に戻れる喜びの方がずっと勝っていた。


「忘れ物はなさそうか?」

「うん、これで全部かな……」

 

 リクライニング式のベッドから立ち上がり、奈美さんに別れの挨拶をする前に、往人さんと再度荷物を確かめ合う。

 朝食を食べてからずっと身支度をしていたが、往人さんなしでは忘れ物をしてしまうところだった。


 一週間以上に及ぶ入院生活。過去と比べれば短期間で済んだと喜ぶべきところだけど、それでも退屈な時間は多く、この六年間でこれだけ一人で過ごす寂しい時間が続いた経験はなかった。


 入院生活というと、ほとんどの時間を病室で過ごし、周りの雰囲気もあって憂鬱な気持ちになってしまうが、往人さんが持ってきてくれたタブレット端末のおかげでオーディオブックやクラシック音楽を聴いて何とか気分転換することが出来た。



 それに年末にはお父さんも遥々オーストラリアから病室まで訪ねてくれて無事を喜んでくれた。


 事故に遭ったことは、事故当日から連絡があって知ってくれていても、オーストラリアでの仕事が繁忙期に入り、なかなかすぐに帰国することができなかったそうだ。


 ようやく一段落が出来たと胸を撫で下ろし、安堵した心境を滲ませる父。

 そんなお父さんは私のために新しいスマートフォンを持ってきてくれて、データ復旧も一緒にしてくれた。

 今回壊してしまったスマートフォンも大学入学前にお父さんが買ってもらった物だったが、お父さんは奮発して上位機種で使いやすいものを私のために選んで持ってきてくれていた。


 そのおかげでお世話になった多くの人とも連絡が取れるようになり、今の社会を生きる者にとってスマートフォンが生活必需品であることを改めて見つめ直させるきっかけになった。


 さらに父はあのクリスマスの日に私の下にやってきた桜井海人さんに演奏会のチケットを手渡したこと、私に内緒で連絡を取り、会っていたことも謝罪した。


 私は二人が友人関係にあったことも知っていたから、「そんな謝るほどのことじゃないのに……」と全然気にしていないことを説明するが、父は事故の日と重なってしまったことも含めて反省の意を示した。


「余計なことをしたあいつにはきつく言っておいたからな」と言葉を続ける父。父によると亡くなった深愛さんに対する海人さんの愛の深さは危険な領域に到達している点があるという、つまりは周りが見えなくなるほど感情が表に出てしまうという具合だ。

 

 私に対する態度がああなってしまうのは、それだけ忘れることの出来ない存在として海人さんの中で深愛さんは生き続けているということなのだろう。


「お父さんから見れば、面倒な男だよ。いつまでも過去を引きづっていては、再婚相手にも気を遣わせてしまう」


「でも……それだけ愛し続けているってことなんだよね」


「そこが難しいところだな。奥さんと二人の子どものために、昔の記憶を思い出すのは墓の前だけにしておくのがいいと思うんだがな……」

 

 そう言葉にする時のお父さんは言葉にするのが苦しそうで、長い交流を続けてきた友人を想ってのことだからなのだろうと私は思った。


 海人さんは往人さんのお父さんでもあり、往人さんにとっては未だ許すことの出来ない相手だ。

 私は深愛さんの代わりでも生霊でもなく、海人さんの奥さんでもない。

 私は往人さんの彼女なのだと、認めてもらうことも必要なのかもしれないと考えた。


「お父さん……私と往人さんが共作している絵本が完成したら、海人さんに渡してもらってもいいかな? そうしたら、少しは私達のことを理解してくれると思うから」


 今は近くて遠い距離。

 でも、往人さんとこれから長い人生を歩んでいく以上、海人さんとも分かり合いたいと思ったのだ。


「分かったよ。郁恵のことを深く理解すれば、あいつの二人との向き合い方も変わるかもしれない。郁恵の可能性にはいつも驚かされている。

 郁恵のやりたいようにしなさい」


「また出たね……”郁恵のやりたいようにしなさい”。

 すっかりお父さんの口癖になっちゃったね」


「はははっ!! これは郁恵に一本取られたな。

 元気そうで良かった。往人君と幸せな家庭を築いてくれ。

 郁恵のウェディングドレス姿が見られるのを今から楽しみにしてるよ」


 私の言葉が予想外に効いたのか、久々にお父さんは大きな笑い声を上げて、機嫌よく私への期待を惜しげもなく言葉にした。


 それにしてもウェディングドレス姿になったら往人さんは喜んでくれるのだろうか…。

 私は結婚式というものが人生最大のイベントの一つだということは認識しているけど、ドレス姿は落ち着かないので緊張して迷惑を掛けてしまわないかと心配になってしまうのだった。


「もう……気が早いんだから。

 分かってるよ、私にとってお父さんはずっとたった一人のお父さんだから。

 これからも見守っていてね」


 本当に昔から一緒にいてくれている、家族と言える人はお父さんだけだ。

 そのことを今では尊く思う。

 それはたとえ血が繋がっていなかったとしても変わらない。

 私を想うお父さんの愛情は、たとえ離れたところにいても感じることができるから。

 最後まで気分を良くして面会を終えて病室を出ていくお父さん。

 迷惑を掛けてばかりの私だけれども、これからまた、出来る限りの恩返しをしていきたい。

 それだけ私は感謝でいっぱいだった。

 

 あぁ……無意識だったけれど、やっと私は前向きに未来のことを考えられるようになっていると、お父さんの安心した態度から感じることができた。

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