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最終章前編「The Blessing」5

 六年ぶりに再会した看護師の奈美さんと懐かしい気持ちで会話を続けていると、唐突に病室の扉がゆっくりと開かれる音がした。


 往人さんが来てくれたことを期待して胸がキュンと反応を起こす。

 少し気を遣い、躊躇いながら扉が開かれたせいだ。


「あら、彼氏さんが来てくれたみたいよ」


 往人さんに会ったことのないはずの奈美さんが私に言った。

 私の反応を見て察してしまったのかもしれない、エスパーかと思ってしまうくらいだ。


「本当に目を覚ましたんだな……よかった」

「往人さんの声だ……私も会えて嬉しい……」


 愛おしい声が私の耳をくすぐる。奈美さんが「やっぱり正解だったみたいね」と声を漏らす中、私と往人さんはいつもそうしているみたいに手を繋いで無事を確かめ合った。


「なかなか起きる様子がなくて焦ったよ、本当に心配させやがって……」

「うん、ごめんね……もう、大丈夫だから」


 心細かった気持ちが落ち着き、花が開くように自然と笑顔がこぼれた。

 あぁ……私はこんなにも往人さんと会いたかったのかと今すぐ抱きしめたい衝動を堪えた。


 私は病室の中だから我慢をしたつもりだったが、気付けば往人さんの腕に顔をスリスリさせて、生きている幸せを噛み締めていた。


 今にも涙が零れそうになる、私の編んだマフラーを巻いた往人さんもまた同じ気持ちなのだろう。自然と指を絡めながら私は思った。


 「あらあら……見せつけられちゃったわね」と奈美さんは微笑みながら言うと、「食事を持ってくるわ」と言い残し、病室を去って行った。

 

 やり過ぎないよう加減をしたつもりだったが、ちょっと不謹慎だったみたいだ。


 

 奈美さんがいなくなった病室で私は往人さんから紙袋に入ったいっぱいの荷物を預かった。


「必要そうなものを持ってきたよ。検査入院することになるって聞いてたからな」


「ありがとう…本当に助かるよ。下着とかもちゃんと入ってるんだ…」


 下着の柄までは判別できないが、家に置いている私物に関しては触ればある程度何が入っているかは分かる。

 洗面用具や着替え、生理用品に至るまで日常生活で使っているものが揃っている。入院時に必要なものを調べて持ってきてくれたのだろう。

 往人さんらしい気遣いを感じて温かい気持ちになった。


「まぁ……禁断の引き出しを開けることになったが……」


 そう言われると恥ずかしい気持ちになってしまう。

 着る勇気がないのに派手な下着を大切にしまってあったりするから、ちょっと見られると困ってしまう私がいた。


「さすがに派手な下着を持ってきてたりはしてないよね?」


 間違って病院でエッチな下着を着てしまったら大変恥ずかしい目に遭ってしまう。私は念の為に確認をした。


「あぁ、大丈夫だと思う……見たことある下着だけを持ってきたからな」

「その言い方はちょっと引っ掛かるけど……」

「ガーターベルトは持ってきてないから、布面積が少ないやつも」

「そんなに私の下着を物色しなくてもいいって! 恥ずかしいのに、往人さんってば……」


 そこまでヤバい下着は間違って着ることはないのに、往人さんに私の手持ちの下着を知られてしまったと思うと恥ずかしくて仕方なかった。


 何はともあれ、スマートフォンを失くしてしまい、ハンドバックまでどこかに置いてきてしまった私としては感謝しかない。


 往人さんと会い、少し安心したところで、私は往人さんに謝らなければならないことがあること気付き、話しておくことにした。


「私の病気のこと、聞きましたか?」


「あぁ、担当医の先生から聞いたよ、以前に入院していた頃のことも」


 重い話しを耳にしたのだろう、声色から動揺する様子も往人さんからは見られた。


「そっか……往人さんに私が壊れてしまっていること、知られてしまいましたね。隠す理由はなかったんですけど、オーストラリアで四年間お父さんと過ごして、精神的に不安定になることも、幻聴が聞こえることもなくなって、薬も飲まなくてよくなったんです。

 だから私は忘れようとしていたんです。辛い記憶と一緒に真美のことも全部。これからは将来のことや楽しいことだけを考えて生きて行こうって。

 いつも笑顔でいたいから……だから忘れようって思ったんです」


 辛い気持ちを隠すために、笑顔を浮かべて明るい口調を崩さなかったが、それでも目が泳いでしまっていた。


「無理しなくていいんだよ。一緒に支えあって生きていくって決めただろ?」


 往人さんがまた優しく慰めようとしてくれている。

 涙が出そうなくらいに嬉しいのに、いつも助けてもらってばかりで情けなくて申し訳ない気持ちになった。


「そうだったね……往人さんに心配かけないよう、頑張りすぎちゃってたのかな……フェロッソが事故に遭った瞬間、目の前が真っ暗になっちゃった。

 もう、不安な気持ちを隠すことができなくなるって、いつもの自分のままでいられなくなるって、それが怖かったんだよ」


「そうか……ごめんな、俺がいない時に大変だったよな。

 家に着いた時、郁恵がいなくて、連絡も付かなくて必死に捜したんだ。

 フェロッソは無事だよ。郁恵を捜してる途中に動物病院まで一緒だった女性から聞いた。スマートフォンも預かって来たんだ。電源は付かないみたいだけどな」


 液晶画面にヒビの入ったスマートフォンを手渡された。

 フェロッソが無事でいてくれたのは嬉しいけど、大切にしてきたスマートフォンが壊れてしまったことを知ると、事故の衝撃の大きさを改めて痛感した。


 私は往人さんに代わりにフェロッソの様子を見に行ってくれるようお願いした。


 もう一度、一緒に桜並木を歩くのは難しいかもしれないけど、それでも長年連れ添ったフェロッソには元気でいて欲しかった。


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― 新着の感想 ―
悲しい物語でしたね……フェロッソはどうなるのか気になります。
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