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第十六章「ホワイトテレパス」3

 店の外に出ると凍えるような冷たい冷気が私の身体を襲う。

 店内には大勢の人がいて、熱気が籠っているほどに賑やかである分、余計に外気の冷たさが皮膚の感覚器官を敏感に刺激した。

 マフラーを巻いて、手袋もして防寒装備に身を包んだ後でも震え上げる程に寒さはなお厳しかった。


「桜井海人さん……」


 相手がどこにいるのか分からず私は恐る恐る虚空に向けて呼びかけた。

 

「あぁ……ここだよ」


 寒いと訴えかける耳にまだ聞き慣れない男性の声が届く。

 とりあえず、返事をしてくれたことに私は安堵した。


「外で待っていてくれたんですか?」

「煙草が吸いたくなってね」

「そう……ですか……。何とお呼びするのが良いでしょうか?」


 往人さんの父親であり、年上の男性相手にぎこちなくなってしまう私は聞いた。


「好きな呼び方をするといい、息子が世話になっている。気にすることはないよ」


 吸っていた煙草を携帯灰皿に片付けたのか、煙草の煙から漂わせる刺激臭が薄まった。


「はい……では海人さん、往人さんには内緒で会いに来たのですか?」


 往人さんが帰ってくる前に二人きりで会ってしまったことを後になって後悔するかもしれないと思いながら私は聞いた。


「悪いかい?」

「いいえ……私はずっと会いたいと思っていました。ですが、往人さんはそうではないようでしたので、ずっとモヤモヤしていました」

「そうだろうね……君は本当にうちの息子には勿体ないくらい良い娘さんだ。

 まぁ、確かにあいつの言う通りだな」


 まるで緊張している様子のない、大人の余裕を醸し出す海人さん。

 すぐに親しみやすさを覚える程ではないが、自然と会話が成り立つ相手であることに少し私は安堵した。


「私のことを聞いていたのですか?」

「君のお父さんとは古くから友人だからね、君のことは話しに聞いている」

「そういえば、そうでしたね……」


 私は父から海人さんのことを聞いた記憶はほとんどない。

 それでも、友人関係であることは耳にしていた。

 私や往人さんと同じく、視覚障がいを持った人であることも。


「家まで来ませんか? 往人さんが今晩には帰って来るんです。

 私が呼んだと説明すれば、往人さんも会ってくれると思います」


 私は思い切ったことを提案した。

 次に会えるのがいつになるのか分からない危機感を覚えたからだった。


「君はそれでいいのか?」


 こんな日に会うこともないだろうと海人さんは思っているのだろう。

 でも、よく考えれば諸説はあるがクリスマスは家族で過ごす日でもある。

 三人で会って過ごすのも悪いことではないだろう。


「いつか……こんな日が来ると思っていました。

 私は往人さんと真剣にお付き合いをしています。

 だから、一度は三人で話しをしたいんです。

 何か大きな変化を期待しているわけではないですが、これも一つの大切な過程だと思うので」


 好かれているのか、嫌われているのかも分からない。

 本音の見えない冷静さで接して来る海人さんに私は勇気を振り絞り踏み込んでいった。


「分かったよ、君の熱意を買っておこう。

 なりふり構わず少し強情なところがあるのも聞いていた通りだ」


 褒めてくれているわけではないと思うけど、そんなことを海人さんは言った。

 海人さんは家族とだろうか、スマートフォンを取り出し会話を交わしてすぐに帰りが遅くなることの断りを入れたようだった。


 往人さんのお母様である画家、桜井深愛さんの旦那さんであった海人さん。

 海人さんは深愛さんの亡き後、再婚をしたと聞いている。

 私の知らない家族といつもは話しているのだと思うと、未だ私は海人さんのことをほとんど知らないのだと気付かされる。


 あまりに予想外な展開に遭遇した私は、海人さんと一緒に自宅へと向かった。


 その道中、私が何を話そうかと思案している内に、海人さんは往人さんの母親、桜井深愛さんのことを語り始めた。


「かつて、私の妻だった深愛は出会った頃、とても物静かな女性でね。何を考えているのか分からないミステリアスなタイプで、私は一度は別の女性を好きになった。


 しかし、巡り会わせとは不思議なものだ。

 私は今でも深愛のことをこの世で一番愛している……。


 深愛は生まれ持った才を持ち、描く絵画は誰もが嫉妬してしまうほどに文句のつけようのないものだった。

 技術力にしても、想像力にしても、まるで頭の中でイメージしたものをそのまま具現化できるような、そんな魔力じみた画力を持っていた。


 私は目も不自由で深愛に相応しいような絵描きではなかったが、そういうところに惹かれてくれたらしい……。

 放課後の部室で半人前のまるで上達のしない私の絵画を見ては意地悪に楽しそうな顔を浮かべて深愛は絵を描いていた。


 段々と二人で過ごす時間が嬉しくなり、私は深愛を好きになった。

 色褪せることのない思い出の数々。今でも大切な事に変わりはないさ」


「往人さんにとってもお母様はかけがえのない大切な人だと聞いています。

 色を教えてくれた、絵を描くことを教えてくれた、唯一無二の人だと」


 寡婦である桜井深愛さんへの想いを吐露し、まるで懺悔をしているかのように、淡々と言葉を紡ぐ海人さんに向けて私は言った。


「その通りだよ。往人はどちらかというと深愛にべったりだった。

 どこかの段階で距離を取って、往人が自分で居場所を見つける機会を作ってあげるべきだったのかもしれない」

 

 どうして海人さんは私に会いに来たのだろう……。


 今、一緒に暮らしている家族のことを、再婚相手である奥さんのことをどう思っているのだろう。


 寒さも気にならなくなり、段々と冷静になって来る思考の中で私はその疑問の答えが見えなかった。

 よく考えてみれば、私は往人さんが海人さんのことを許すことの出来ない理由も曖昧の形でしか知らない。


 二人とも深愛さんのことを大切に今もなお想い続けていることは変わらない。それなのに、分かり合えないのがどうしてなのか。私にはずっと疑問で、だからこそ、私を入れて話し合えば少しは許し合えるのではないかと思ってしまう。


 雪は止んだが、凍えるような寒さは相変わらずで、段々と言葉少なくなりながら、家の前まで到着した。


 もう私は寮生活をしているわけではない。

 だから、私は自分の意思で海人さんを家の中に通した。

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