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第十五章「悠久なる邂逅」8

 その日の夜、家に帰ってきた私はお風呂で冷えた身体を温め、張り詰めた緊張から解放されるとフランスにいる往人さんと国際通話を繋いだ。


「往人さん……元気にしてる?」

「うん、変わらず元気にしているよ」


 向こうはまだ昼間だけど、往人さんは通話をしても大丈夫だと言ってくれた。

 パジャマ姿に着替え、ベッドの上に転がり枕に頭を乗せる私。

 イヤホン越しに往人さんの声が私の耳に心地よく届く。

 最愛の人の声は実に刺激的に私の身体を包み、火照った身体に丁度良く五臓六腑に響き渡った。

 

「よかった……何てったって去年のクリスマスの時は大変だったもんね」


 思い出深い、交際を始めるきっかけになった去年のクリスマス。

 その始まりは往人さんの体調不良から始まった。

 つい今年もまた、大きな転機になるのではと胸騒ぎがしてしまうほどだ。


 遠いフランスの地で元気にしていてよかったという安堵と早く会いたい淋しさとが入り混じったまま、私は会話を続ける。


「あぁ……郁恵もよく覚えているな。結局今年も喫茶さきがけには行けず、クリスマスシーズンの仕事に入れなかったけど」

「そうだね……残念だけど華鈴さんの恨み節を明日は聞くことになりそうだよ」


 去年のクリスマスのことは本当に忘れられない思い出としてこの胸に残っている。

 華鈴さんとの仲がより深まったのも、練習してきた日々が報われるほど去年の演奏会が盛況に終わり、本当に楽しかったことも大きかった。


「だな。また演奏聴きに行けなくてごめんな。夜には帰って来るから」

「うん、大丈夫だよ。気を付けて帰って来てね。私はフェロッソと一緒にケーキを持って待ってるから」


 往人さんの声色からも会いたいという感情が伝わって来る。それがまた、私を恋しくさせた。

 一緒にお誕生日をお祝いすること、一緒にまたケーキを食べること、ちゃんと約束してくれたから。私は信じることにした。

 

「あぁ……楽しみにしてる。郁恵のことが恋しくてもう我慢の限界だからな」


「もう……気の利いたこと言っちゃって……。

 あんまり待たされたら嚙みついちゃうんだから。

 私も早く会いたい……大好きだよ、往人さん」

 

 ゆったりとして、お互いに焦ることはないけど、会話のラリーは自然と”会いたい”気持ちでいっぱいになったまま続けられる。

 お互い、離れ離れになっている中で、頑張っているからこそ、互いを励まし合うことが出来るのだ。


「郁恵……俺も大好きだ。明日には会えるよ」

「うん……今夜は雪が降ってるの。天気予報を見てると少し積もりそうな予感。だから、明日はホワイトクリスマスだよ」


 ジングルベルが鳴るホワイトクリスマスを想像すると、それはとてもロマンチックで煌びやかな雰囲気を連想させる。

 演奏会の会場から帰ってくるまでの帰路もパラパラと粉雪が舞っていた。

 去年は雪が積もる日がなかったから、つい期待をしてしまう。

 寒いのはちょっと苦手だけど、雪の感触は柔らかくて気持ちいいから好きだ。


「楽しみだなそれは。足元には気を付けてな、フェロッソもあまりに寒いと凍傷しないか心配だ」


「そうだね、フェロッソは我慢強い子だから、いつも以上に心配だよ。

 話しを聞いてくれてありがとう。おやすみなさい……往人さん」


「おやすみ、郁恵。明日には会えるよ」

 

 夜遅くなってきたところで、名残惜しく通話を切る。

 日本とフランス、離れているのは距離の問題だけど、私はそれを肌で敏感に感じてならなかった。


 心がどうとかよりも、身体が距離を感じているのだ。

 簡単には触れることの出来ない、この物理的な距離を。


 長く感じてしまっている会えない期間はあるけれど、クリスマスに誕生日。

 付き合ってからちょうど一年になる記念日を二人で迎える。

 それは何よりも大切な事だ。

 

 今年の誕生日プレゼントには琥珀色のニット帽を一生懸命に編んだ。

 出来上がったのは本当にギリギリだったけど、去年はマフラーを編んだから上達したところを見せて喜んで欲しいと心を込めている。


 明日には会えるからと今は信じるしかない。そう自分に言い聞かせた。


 最後まで往人さんのお父さんが来ていたことを告げられないまま、ぬいぐるみを抱えて私は温かい気持ちのまま眠りに落ちていった。

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