やることリスト
『この前新しいゲームを買っていましたね』
そうだった。まだ開けていない。
『なら今夜のすることは決まりじゃないですか?』
いや、夜中にブルーライトを浴びるのは嫌だ。目に優しいことをしたいのだ。
『でしたら、読書でしょうか。この前買った本、あるでしょう』
途中で眠くなったらどうするのだろう。同じ文章に何度も目を通して時間が過ぎるのが簡単に想像出来る。
歯磨きに歯磨き粉を乗せて口に運ぶ。ぼんやりと鏡を眺めているうちに、髪の毛がボサボサであることに気づいた。
髪の毛は清潔感を出す上で重要な要素のひとつだが、全くもって手入れしていない。シャンプーで洗うだけで、リンスはしない。痒いので爪を立てて洗っている。ドライヤーは冷風に切りかえないし、寝る前と後でくしなんか通さない。
『最高、最高です』
なんで。
『そこに椿オイルがあるでしょう。お母様の』
ああ、これか。
洗面台に置いてあるのは、母が愛用している椿オイル。風呂上がりに使用しているのをよく見る。嫌いな匂いではない。
『つけましょうよ』
つけましょうよ、って。適量も知らないのに。
『そりゃ塗りたくっちゃダメですよ。それ高いんですから。次の日にお母様が鬼になります』
手に取ってみて、裏の説明書きを読む。ふんふん、と頷いて蓋を開けた。良い香りだ。
『これ、塗ってみましょうよ』
怖いので少なめに手に出した。少なめかも分からないが。
頭に揉み込むように、つけてみた。
『おお、良い香り』
本当に。
これで使い方があっているのか知らないけど。揉んだ後で説明書きをもう一度読んだ。
『あっ、これ......ドライヤーの後に塗るんですってよ!!』
濡れた髪に塗ってしまった。もっと早く気づけよ、とプランナーに悪態をつく。しかし、此処で良い方向に転換するのがプランナーの役目。
『ドライヤーの風でさらに良い香りを楽しめますね! 良いことをしましたね! さあ、ドライヤーを手に取って!!』
言われるがままドライヤーを手に取った。つけてみると、良い香りがふわふわと漂ってくる。使い方は間違えたが、悪い気はしない。
『良い気分だから、この香りに包まれて読書はどうですか。紅茶もいれましょう』
こんな夜中に?
バサバサとなびく髪を手で押さえつけながら、眉を顰めた。
『砂糖は入れないでくださいね。歯磨きしちゃいましたから』
甘くない紅茶もまた良いかもしれない。買った本も、読みたいものがちょうどある。栞とブックカバーを選ぶ作業をしなければ。
椿の香りで、目が冴えてきた。
『良いですね!! 軌道に乗ってきましたね! 湯たんぽも用意しましょう!』
眠くなるのでは。
『眠くなれば眠くなったで、寝ちゃえば良いんですよ! せっかくお風呂入ったんですから、体だけは冷やさないように』
そうだね。
頷いてドライヤーを止めた。
ああ、紅茶をいれるカップはどれにしよう。
なんの紅茶があったっけ。
ブックカバー、買ったまま開けていないのがあったような。それとも、この前の本屋のを使い回そうか。
湯たんぽも温めなければ。毛布と一緒に使えば体も冷えないだろう。
することリストは次から次へと更新される。夜は深く深くへ。
プランナーが消えていく。声はもうしない。軌道に乗れば、彼は自然と消えてしまうのだ。
いずれ来る最悪な一日のために、彼には電話を切ってもらねばならないのだ。
最悪の一日が、最高に楽しみになる。
次の最悪の一日は、いつ来るだろう。
もっと最悪な一日が必要なのである。最高の真夜中へ誘われるために。
眠いので寝ます。夜更かしも程々に...。