神獣と獣人
フェンリルの風域に苦戦していた白は、何とか突破口を見つけようと、いくつもの妖術を放っていた。
「滝撃、2連流槍」
水の球はフェンリルの纏う風域により受け流され、水の槍はブレスにより防がれてしまった。
続いて刀に水を纏わせた白は風域に斬撃を放った。
「水纏:飛泉」
振り払った刀から水の斬撃が放たれ、風域に触れると一瞬風域が乱れたように感じた。
しかし、それを隠すかのようにフェンリルは風の刃を放ったため、白は回避し距離を取った。
「(今一部だけだけど、風域が薄まってた...風域に攻撃するのって無駄だと思ってたけど、もしかして...)」
風の刃を避け、反撃の機会をうかがいながら思考を巡らせていた。
フェンリルは白が何か考えていることに勘付いていた。
『(あやつ、風域に魔力を使っていることに気づいたか。さて、どのように破るのか、見せてもらうとしよう。)』
再び無数の風の刃を放つと、白は回避しつつもフェンリルに近づいて妖術や刀を使用した技を風域に放った。
「斬雨、滝撃、流槍、水纏:五月雨」
雨のように放たれた水の斬撃は風域に呑まれたが、水球や水の槍は直撃し、風域を弱めていた。
そして刀に水を纏った無数の斬撃のうち幾つかの斬撃は風域内に届いたものの、フェンリルの魔法により撃ち消されてしまった。
「(今のは惜しかったけど、どうせすぐ元に戻されちゃうし、一発強い奴を撃たなきゃダメか...)」
白がそう考えていた時、突如突風が吹いて後方へ吹き飛ばされてしまった。
風が止み顔を上げた時にはすでに風域は元通りになっており、フェンリルはブレスを撃党としていた。
「渦蒼球」
放たれた風のブレスに対して巨大な水球で相殺させると、再び距離を詰めた。
だが、それを読んでいたかのように白の足元で魔法陣が突然展開され、その場に竜巻が起こり白に複数の切り傷を与え、さらに後方へ吹き飛ばした。
「(近づかないといけないのに読まれてる。妖術で風域を攻撃して消耗させようとしても、それすら読まれてる。どうしたら...)」
『(流石にやりすぎたか。あやつはヴァルナよりも弱い。まだ伸びしろがあるとはいえ、現状ではこれが限界か。)』
お互いににらみを利かせつつも、その中での考えは真逆のものだった。
手を出すか悩んでいた2人の沈黙を白が破ることになった。
「最初に言ってた約束、“攻撃を当てたら生贄を返して村を守る”っていうやつ、私がやったらちゃんと守ってくれるんですよね?」
『勿論覚えている。我は約束を違えはせぬ故、汝が戦闘後にどのような状態になろうとも、我に傷をつけられたのであれば遵守する。』
「なら安心しました。」
疑問の表情のフェンリルに対し、自信満々にニヤリとしながら答えた白は、自分が考えていた作戦を実行に移した。
「水源よ集え...」
空中に未完の妖術が展開され始めると、フェンリルは白が何をしようとしているのか想像がついた。
『まさか汝、肆式妖術を使用するというのか!?(確かにそれだけの妖力はまだ残っているが、それを使えば低確率とはいえ妖力欠乏により最悪死亡する恐れもある。自己犠牲を払ってまで村人たちを助けようとしているのか...。だがここは止めるべきであろう。)』
風域から風の矢を雨のように放ち、弾幕のようにすることで攻撃を与えて詠唱を停止させようとした。
しかし風の矢は白の刀によって捌かれてしまった。
「...我が力に応答し...」
さらに詠唱が進むと、展開された未完の妖術の力が増していった。
風域の中ではフェンリルが驚愕の表情を浮かべていた。
そもそも高度な妖術を使いながら攻撃を捌くなど普通ではありえない。
それを知っている為、風の矢による弾幕で防げると思っていたからだ。
「...大海を統べる龍と成りて...」
『(やはり賢者、我の想像以上のようだな。)』
今度は風域から風のロープを複数出現させ、白に対しての攻撃ではなく、捕縛する方向に切り替えた。
白は未完の妖術に妖力を注ぐことを辞めず、自分を捕縛しに来た風のロープは跳び上がり空中に僅かな風の妖力で足場を創り回避していった。
『(空中を移動するとは、ヴァルナとの戦いでも見なかった。白と言ったか、あやつの方が才能は上という事か。)』
風のロープを操作しながら何とか詠唱を止めさせようと、白本人ではなく足場を狙うことにした。
何度か回避されたもののついに白の足場に風のロープが当たり、白は真っ逆さまに落ちていった。
これを待っていたかのように白を捕縛しようとしたフェンリルだったが、白の詠唱の方が早かった。
「...撃攻せよ。肆式妖術:螭」
白が手を前に出しフェンリルの方へ向けて展開された肆式妖術は、水の龍の形をした技であり、風のロープを打ち消し、フェンリルへと襲い掛かった。
白はそのまま地面に墜落し、意識がもうろうとしながらも立ち上がって相手の方を見た。
風域を解いたフェンリルは、自身の魔力を集中させて障壁を展開し妖術を受け止めており、白の方に注意を向ける余裕がなかった。
何とか立ち上がった白は、刀を今一度強く握りしめ、地を蹴った。
「はぁぁぁぁぁ!!」
右側から回り込み跳び上がった白は、刀でフェンリルの左頬に切り裂くと、そのまま気を失って地面に落ちていった。
やがて白の放った妖術の力は弱まっていき、完全に消滅するとフェンリルはひびの入った障壁を解いた。
『我の負けのようだな。』
目を閉じ左頬の痛みを感じながら呟いた。
そしてフェンリルの傍で眠っていた跳兎族の少女が目を覚ました。
「あれ?私眠ってしまい...って、え!?大丈夫ですか!?あ、あの...フェンリル様って、その頬のけがはどうなさったのですか?」
『起きたか、ヒエン。詳しいことは後に話す。今はそやつと共に我の背に乗れ。村へ向かう。』
先程よりも小さくなり、馬と同じくらいのサイズになったフェンリルは腰を落としたままヒエンに言った。
フェンリルを信用してか、ヒエンはすぐに白を支えるようにして共に背に乗ると、村へ向かっていった。
白がフェンリルと決着がつく少し前、シエルはネインを連れて村に戻ってきていた。
「お父さん、お母さん。逃げ出してしまってすみません。」
「いいんだ。誰だって生贄になるのは怖いんだからな。」
「私たちの方こそごめんなさい。もしかした聞いてるかもしれないけど、今旅の方が魔獣様と話をつけに行ってくださっているの。もうあなたを生贄になんてしなくてもよくなるの。だから安心していいのよ。」
その言葉を聞くと、シエルの後ろに隠れていたネインは母親のもとに駆けていき、父親を含め家族三人で抱き合って涙を浮かべていた。
シエルがその様子を見ていると、ソイル達が話しかけた。
「お前も立派になったな。」
「前に兄さんにやってもらったように励まして、慰めてあげただけだよ。」
「それは誰にでもできることじゃないわ。」
「兄さん、ヘスティア、ありがとう。」
シエルは褒めてもらえたことがうれしく、笑顔でお礼を言った。
アルスはエリスと共にネイアにケガがないかを確かめるべくネイアの家で診療をした。
ゼータは村の様子、雰囲気を興味深く観察していた。
あたりが暗くなってきた時、村の北の森から白銀の狼とその狼に乗った2人の少女がやってきた。
アルスが村の北出入口に走り出し、それに合わせてヘスティアとエリスも白に近づいた。
「白さん...村長さん、少し家を貸してもらってもいいですか?」
「えぇ、勿論です。急いで運び入れてください。私はあの魔獣様に話を聞いてきます。」
ヘスティアが白を抱え、アルス、エリスと共に村長の家へと運び入れた。
残った3人は村長と共に魔獣に話を聞くことにした。
「ヒエン、無事でよかった。」
「ネイン、ごめんね。急に別れちゃって。」
「ううん全然いいよ、これからは一緒にいられるんでしょ?でも何があったの?」
ヒエンとネインが互いの再会を喜び、2人の両親も喜びのあまり泣いていた。
辺りが落ち着き始める様子を確認すると、魔獣が話をし始めた。
『それでは我から語るとしよう...』
そうしてヒエンを初め生贄を要求していた理由、白との賭けで負けたことなどを話した。
村人たちはその話を頭の中で整理すると、疑問が浮かび上がった。
「貴方の名前を聞いてもよろしいですか?」
『我の名はフェンリル。神獣と呼ばれることもある。』
「!?神獣様でございましたか。失礼だとは思いますが、何故この村を助けてくださったのですか?」
『生贄を求めていた理由と同様である。』
「では今の話からすると、今後この村はフェンリル様に守っていただけるという事ですか?」
『あの者との約束を遵守すると誓ったのでな。』
「フェンリル様...それではこれからよろしくお願いいたします。それから旅の方々、真実に感謝いたします。」
フェンリルからの話を聞いた村長は頭を下げてきた。
シエルが「いえいえ、大丈夫ですよ」と答えると、村長は村人達の方へと歩いて行った。
「それにしても、相変わらずめちゃくただな、あいつは。」
「確かに話し合いで解決するって言ってたのにね。でもそれが白のいい所でもあるし。」
「そうか?どうせフェンリルが戦うって言って、即答でOK下だけだと思うけどな。」
やっぱりかと思いながらソイルとシエルが話し始めた。
白が話し合いで解決できるとは思って居なかったが、結局問題が解決したため一応は良かったとも思っていた。
「ゼータもシエルと同じ、白のそういうところはいいと思う。でもソイルが言った通り、戦闘好きなところは、少し不安。」
「まぁ厄介ごとに巻き込まれやすそうだしな~。っと、俺らもあいつらの所に行きますか。」
3人も村長の家に向かった。
すでに白の外傷は治されており、アルスとエリス、ヘスティアはフェンリルの語っていたことをシエルたちから聞いた。
その後エリスはずっと白を傍で見守り、他の5人は就寝した。
白が翌日目を覚ますと、エリスが上に乗って寝ていた。
その様子に再び意識を失いそうになった白だが、自分の状況を理解し、エリスをなで始めた。
「夜の間、ずっと見守ってくれてたんだね。ありがとう。」
するとエリスは目を覚まし、白が目覚めていることに気が付いた。
その眼には涙を浮かべており、白に抱き着いた。
「白お姉ちゃん、良かった。」
「ありがとね、エリス。でもお姉ちゃんは強いから、大丈夫だよ。」
「うん…でも無茶しないでね。」
「出来るだけ気を付けるよ。」
泣き止むまで白はエリスをなでてあげた。
正直理性が飛びかけていたのだが、いまだに残る体の痛みが何とか引き留めていた。
2人は二階から降りてくると、全員が集まっていた。
「皆、ごめん。心配かけちゃって。」
「ほんとですよ。」
「白が運ばれてきたときはびっくりしたけどね。」
「お前なら大丈夫だろ。心配する必要...痛てっ」
「こういう時は“心配した”って言って欲しいってゼータだったら思う。」
「へいへい、ま、問題は解決したんだしいいだろ。」
各々が白の様子に対して感じていたことを話した。
白は迷惑をかけたと思っており、嬉しさと申し訳なさがあった。
「そうだわ、いつストルム王国に向かうのかしら?私としてはもう一日白に休んでもらってからの方がいいと思うのだけど。」
「大丈夫!私ならもう元気だから。」
「...どうせ何言っても聞かないわよね。白がよければ、早速出発しましょうか。」
そうして村の西出入口に行くと、村人たちとフェンリルが見送りに来た。
ヒエンとネイアの姿もあり、白たちの方に寄ってきた。
「お姉ちゃんたち、また来て、お話聞かせてね。」
「うん、約束。絶対また来るね。」
ネイアはシエルに対しハグを求め、シエルもそれに応えてハグと約束をした。
ヒエンは白の元に近づくと、頭を下げた。
「白様、この村に帰ってこれたのは白様のおかげです。ありがとうございます。」
「村の人たちも困ってたからね、当たり前のことをしただけだよ。」
笑顔でそう返事をして、ヒエンの頭をなでた。
その後、フェンリルからも話しかけられた。
『白よ、汝と再び相まみえる日を楽しみにしている。』
「ちゃんとこの村を守ってくださいね?でないと、強くなった私が倒しちゃいますから。」
『遵守しよう。』
そうしてフェンリルと村人たちに見送られながら、賢者たちはアルナブ村を後にした。