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19-01

 実力テストが終わり、制服も冬季の黒いスラックスと長袖の指定に変わってすぐの放課後。

 特に委員の仕事もなく、和都と春日が二人で帰ろうと校門に向かっていると、ちょうど門の辺りに女の人が立っていた。

 狛杜高校は男子校なので、特にイベントのない時期に女性が尋ねてくることは稀である。

 そのため生徒の保護者か教職員関係者の来賓となるのだが、同い年くらいの女性のようだ。しかも私服姿で、妙に大きなリュックを背負っている。

 不思議に思いつつ、帰るにはそこを通らねばならないので近づいていくと、なんだか聞いたことのある声に呼びかけられた。

「あ、和都くーん!」

「えっ、おれ?!」

 女性は驚く和都の元へ、手をぶんぶんと大きく振りながら一目散に駆け寄ってくる。

「ひっさしぶりー!」

「えっ、あっ、凛子さんっ?!」

 長い黒髪を左右二つに結い上げ、ジーンズに淡いピンクのマウンテンパーカーを着た安曇凛子は、和都に向かって飛び込むように抱きついてきた。

「元気してたー? やだー、ちゃんと高校生なんだね! あ、制服ってブレザーなの?」

「あ、いえ、今は移行期間で、冬は学ランに……」

「えーっそうなの?! 学ラン姿も見たかったなぁ。でもグレーのベスト似合うね。いいじゃーん。制服姿もやっぱりかわいい〜! しっかし相変わらず小さいし細いなぁ。ちゃんとご飯食べてるの? 本に夢中で夜更かしとかしてない? たくさん寝ないと大きくなれないぞー。もー元気そうな顔が見られて嬉しい!」

「や、あの、凜子さん。なんで学校に……」

 言葉の尽きない凛子に和都がたじろいでいると、見かねたらしい春日が二人を引き離すように、間に割って入る。

「すみません。関係者以外の入校は、事前にご連絡がない限りご遠慮いただいています」

 風紀委員の委員長らしく、いつもの仏頂面でそう言ったのだが、凛子はたいして怯むこともなく、春日をまっすぐに見上げた。

「あら、連絡ならヒロ兄にしてあるから、問題ないわよ」

「ヒロ兄?」

「あ、それ仁科先生のこと」

 和都の補足に、春日はなるほど、と頷く。ふと凛子のほうへ視線を戻すと、和都に負けず劣らずの大きな瞳で、なぜかジィッと春日を見つめ続けていた。

「……君、背ぇ高いね。三年生?」

「いえ、二年です」

「ふーん……なるほどなぁ。君もなかなか強い『護衛くん』だね」

「は?」

 言葉の意味がよく分からず、春日は眉を(ひそ)めたが、凛子はどこか楽しそうに笑うだけで、すぐに和都のほうへと顔を向ける。

「まぁいいや。和都くん、ヒロ兄んとこ案内してくれない?」

「えっ、あ、あの……!」

 凛子はよいしょ、と背負っていたリュックを揺らすと、戸惑う和都の腕に抱きつき、校舎の方へ遠慮なく進んでいくので、春日は仕方なくその後を追いかけた。



 珍しい女性の来校者に、放課後の校内は少しばかり騒然となる。部活動中の生徒も多くいるので仕方のないことだが、凛子は周囲の騒がしさについて、さして気にする様子もない。

 結局慌てるばかりの和都に替わり、春日が凛子の来校者としての手続きをすると、保健室まで案内した。

「失礼します」

「あれ、春日クン。今日はもう帰ったんじゃなかったの?」

 特に委員活動もなく、部活動のない生徒はすでに下校しているはずの時間。珍しく放課後の保健室にやってきた春日と和都に、仕事中の仁科は不思議な顔をする。

「仁科先生にお客様です」

「客?」

「やっほー、ヒロ兄」

 春日の後ろから凛子がひょっこり顔を出したのを見て、仁科はあからさまに嫌な顔をした。

「げっ、お前なんで学校まで来るんだよ」

「何が『げっ』よ。早めに着いたからそっちに行くって、メッセージ送ってたでしょ?」

 言われて仁科は、自分のスマホを取り出して確認する。確かに凛子からメッセージは来ていたが、全く見ていなかったらしい。

「……あ、見てなかったわ」

「んもー! これだからヒロ兄は!」

 凛子はすぐそばの談話テーブルに、背負っていたライトベージュの大きなリュックをどすんと置くと、仁科へズカズカと詰め寄る。そして仁科の悪い点についてあーだこーだと捲し立て始めた凛子を、和都と春日は保健室の入り口辺りから、同情しつつ眺めた。

 校内の騒ぎに乗じ、ジャージ姿で保健室へ来ていた部活動中の菅原と小坂は、保健室の入り口から中を覗きこみながら和都に尋ねる。

「あれが、例の凛子さん?」

「うん、そう」

「相模の性別を女にしたみたいな感じだな」

「……小坂、あとで殴っていい?」

「安曇家の次期当主サマ、かぁ」

 一通り凛子が文句を言い終わるのを待ち、仁科は呆れたように、はいはい降参、とばかりに手を振った。

「あーもー、分かったから。俺、もう少し仕事しなきゃだし、適当に待ってなさい」

 うんざりしたように息を吐き、それから出入り口の方へ視線を向け、菅原と小坂を指差して言う。

「おら、部活動組はさっさと練習に戻れ!」

「はーい」

「んじゃなー」

 仁科のもっともな一言に、廊下に集まっていた野次馬の生徒たちもそれぞれの場所へ散っていった。

 和都と春日も互いに顔を見合わせ、じゃあ自分たちも帰ろうか、と保健室を出ていこうとした、のだが。

「じゃあ、和都くん。待ってる間、お話しよ?」

 いつの間にかすぐそばまで詰め寄っていた凛子は、にっこり笑って和都の腕に抱きついている。

「えっ!」

「……じゃあ、俺はこれで」

 焦る和都をそのままに、春日が一人保健室から出ようとすると、今度はその腕を和都がガッチリ掴んだ。

「……お前今日、塾ない日だろ」

 逃げるな、と言わんばかりの必死の形相で和都が睨んでいる。

「……わかったよ」

 春日は仕方なく諦めの息を吐き、保健室のドアを閉めた。

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