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18-02



 迷子を実行委員本部のテントに預けた後、和都と春日が一緒に仁科から頼まれた買い物のため、昇降口周辺の模擬店エリアを見て回っていた時だった。

「相模ー! 春日ー!」

 知った声が遠くから聞こえたのでそちらを見ると、バスケ部がやっているたこ焼き屋が目に入る。当番なのか、テントの中にいる菅原がこちらに向かって大きく手を振っていたので、二人はそちらへと向かった。

「相模は午前中、保健室で待機なんじゃなかった?」

「迷子を本部のテントに連れていったとこ」

「あらま。春日いるなら任せりゃよかったのに」

 菅原に言われ、和都は困ったように笑いながら、春日を指差す。

「コイツの顔が怖いって、離れてくれなくてさ」

「あー、子どもウケはしない顔だよなぁ」

「うるさいぞ、菅原」

 春日が不機嫌そうに返したのを菅原と和都で笑っていると、レジ担当の小坂が口を挟む。

「おいお前ら、なんか食いもん買うつもりなら、うちの買ってけよ」

「あ、先生に食べる物買ってこいって頼まれてたし、ちょうどいいから、三つちょーだい」

「はいよー」

 和都が迷いなく指を三本立てたので、隣の春日が少し慌てた。

「おい、俺はお前送っていったら見回りに戻るぞ?」

「知ってる。おれが二つ食べるに決まってるでしょ」

 当たり前に返す和都に、たこ焼きが六個入ったパックを三つ、ビニール袋に詰めながら菅原が言う。

「やせの大食い」

「牛飲馬食」

「体力ないくせに食う量だけは多いよなぁ」

「うるさいなーもー」

 小坂から釣り銭を、菅原からたこ焼きの入った袋を受け取りつつ、和都は口を尖らせた。

 たこ焼き屋を後にしてからも、二人でいくつか近くの模擬店テントを回ってあれこれ買っていく。昼食の時間が近いせいか、模擬店エリアはなかなかの人出だった。

「ユースケは、お昼どうすんの?」

「警備担当は本部で軽食が出るから、交代で食べることになってる。腕章をつけたままの食事は禁止されてるから、外さないといけなくてな」

「あ、そうなんだ」

 話しながら歩いていると、視界の端に校舎の西階段側の窓が見えて、和都はふと立ち止まる。ちょうど三階から降りてくる階段の、踊り場側にある窓の内側に、黒いモヤのようなものが漂っているのが視えた。

「どうした?」

「……うん。三階、大丈夫かなって」

「一応、多めに見回りをするようにはしているが、今のところ何も起きてないぞ」

「それなら、いいんだけど」

 夏休み終盤に感じていた嫌な気配は、そのうち黒いモヤとして視えるようになり、二学期が始まって以降も少しずつ三階に増えている。モヤの出どころも正体もまったく分からないため、対応のしようがない。モヤが漂うせいで寒いと感じる和都は、制服がまだ夏服指定で半袖のため、三階にいる間はジャージを羽織って過ごすようにしていた。

 浮かない顔で話をしつつ、そろそろ保健室に戻ろうか、というタイミング。

「すみませーん!」

 声を掛けられて振り返ると、紺のプリーツスカートに半袖シャツ、赤いリボンタイをつけた、制服姿の女子高生が三人、ニコニコ笑って並んでいる。

「狛杜の人ですよね?」

「何年生ですか?」

「教室とか、案内して欲しいんですけどぉ」

 制服に何となく見覚えがあるので、狛杜高校から一番近い高校の、女子生徒のようだ。

 街中でよく見かけるような、派手すぎず大人しすぎない、いたって普通の女子高生。

 三人ともただ普通に、愛想良く笑って話しかけているだけなのだが、和都の頭の中には一気に恐ろしかった時の記憶が蘇ってきて、視界が真っ黒なフィルターで覆われる。

『怖い』ということ以外の感情が湧いてこなかった。

 和都は顔を強張らせ、何も言えずに一歩後ろに後退る。

「すみません、見回りとお使いの途中なので」

 春日は三人に向かって、普段と変わらない顔でそう答えた。

「ほら、いくぞ」

 青い顔で動けなくなっていた和都の腕を掴むと、春日は足早に人混みをかき分け、校舎の出入り口となっている昇降口へ向かう。

「……ごめん、ありがと」

「気にすんな」

 校舎の中に入ってきて、和都はようやくまともな呼吸と声を発することが出来た。

 ──まだ、ダメだな。

 夏休み、安曇神社で少し年上の凛子と話していた時はわりと平気だったのだが、やはり制服姿の同年代くらいとなると、まだ厳しいらしい。

 嫌な記憶が一瞬にして頭の中を駆け巡って、どうしても世界が真っ暗になってしまう。

「……お前は、よく平気だよな」

 和都はちらりと隣を歩く春日を見て言った。どんな状況でも表情を大きく変えず、冷静に対処してくれる。いつもそれに助けられてばかりだ。

「焦っていても、多分顔に出てないだけだ」

「羨ましい」

「お前はほぼ顔に出るから、分かりやすいな」

「えっ、うそ!」

 春日の言葉に驚いてそちらを見ると、逆に少し驚いた顔がこちらを見ている。

「……自覚、なかったのか?」

「あるわけない!」

「本当、分かりやすいな」

 和都の返事に、春日が呆れたように笑った。





「すみません、一つ貰えますか?」

 バスケ部の出しているたこ焼き屋のテントの前に、一人の教師が立っていた。半袖のワイシャツに紺のネクタイを締めた、日本史担当の川野は、生真面目そうに人差し指を伸ばして、丁寧に言う。

「はい、四百円です」

 レジ担当の小坂がそう言うと、長財布からシワのない綺麗な千円札を一枚出して、川野は口を開いた。

「小坂くんと菅原くんは、二年三組でしたね」

「あ、はい」

「二年三組の展示、見てきたんですが、とても素晴らしかったです」

「ありがとうございます」

 千円札を受け取り、小坂は釣り銭用の箱から、五百円玉と百円玉を一枚ずつ取り出す。

「三つの神社についての調査は、小坂くんや菅原くんの班が行っていたそうですね。一体、どんなきっかけで思いついたんですか?」

「あ。え、っと」

 透明のパックに詰めたたこ焼きを一つ、ビニール袋に入れて手渡していた菅原が、問われて言葉を詰まらせた。すると、隣で川野をじっと見ていた小坂が、釣り銭を差し出して言う。

「おれがあの山の近くに住んでて、山に変な空き地がある話を相模にしたのがきっかけです」

「ほう……?」

 川野の黒目が、ぐるりと動いて小坂の方に向いた。その表情は、授業で見る時とそんなに変わったところはない。けれど、一言一言に、妙な威圧感がある。

「そしたら相模が気になるって興味を持って、おれのばあちゃんとかに話を聞いたら、あの山には元々いくつか神社があったって教えてもらって、そこから班の活動で調べてみようって話になりました」

「そうなんですねぇ。神社の調査は、相模くんが主導で?」

 興味深そうに頷きながら、川野は小坂から釣り銭を受け取ると、菅原の差し出したビニール袋を両手で丁寧に持った。

「はい。部活も塾も行ってない暇人なんで、相模がメインでやってました」

「あー、そうでしたか。……もう一つ気になっていて。仁科先生が調査協力をされていたみたいですが、どういう理由からなんでしょう?」

「……えっ」

 今度は小坂が言葉に詰まる。仁科が調査に協力をしているということは、担任の後藤にのみ話してあり、教室の展示物にもそのことについては触れていないからだ。

 と、そこに菅原が横から口を挟む。

「あ、あの、川野先生。すみません、後ろに待ってる人いるので……」

「あぁこれは、すみません」

 後ろを振り返って頭を下げると、川野は横に一歩ズレた。そしてにっこり笑いながら言う。

「続きはまた今度ぜひ、教えてもらえますか?」

 川野が去っていった後は、そこからすぐ後ろに並んでいた数人の客の対応で忙しくなり、人がはけて少しばかり暇になってから、ようやく二人は息をついた。

「……あー、ビックリした。まさかこっちに来るとはな」

 菅原が暑さ以外でも吹き出した、額の汗を腕で拭う。

「うん、やばかった」

 同じように、小坂も首にかけたタオルで顔中の汗を拭いていた。

 向こうは自分たちが正体を知っているとは思っていないはずだが、それにしたって、真っ向から来られると緊張してしまう。

「すげぇな、お前。淡々と返してて。オレ、何も言えなかったわ」

「まぁ、普段から変な客の話し相手とかもするし、調査のきっかけ考えたの、おれだから」

「そういやそうだったな」

 五人で跡地へ行った日、提出用のノートを作成する際に、春日に言われて調査動機や経緯などを、それらしい内容で細かく決めておいた。それが役に立った瞬間である。

「でも、どこで仁科が協力者なの知ったんだろ」

「確かに……。一回二人だけで調べてた時に、跡地で遭遇したって言ってたから、それで協力者だと思ってる、とかかな?」

「やっぱそれかなぁ」

 自分たちが知る前から、神社については和都と仁科の二人で調べていた。それをきっかけに、困ったことにならなければいいのだが。

「しかし、やっぱりあの雰囲気はちょっと、……こえーな」

「うん。赤い目も、牛みたいなツノも、オレらには視えないけど、授業で見てる先生と違う感じした」

「あんなのに追っかけ回されるのは、たまったもんじゃないな」

 太陽が真上を過ぎて、西に傾き始めていた。

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