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16-04 *



「結局先生は、何の用事で寄ったんですか?」

 夕方近くになってようやく仁科家を後にし、帰路についた車の中で、助手席の和都が聞いてくる。

「え? 甥っ子の顔見たかったから。可愛かったでしょ?」

「……いやまぁ、可愛かったけど」

 親戚付き合いをしたことのない和都にとって、小さい子どもと触れ合うのは殆ど初めての体験だったようだ。書庫から咲苗たちの待つ部屋へ向かうと、和都がおっかなびっくりといった感じで、二歳になる千都留を抱っこしていたので、なんだかとても感慨深かった。

 それはそれでいい経験だったようだが、それとは違う目的もやはり気になっているらしい。

「孝文さんと何してたんですか? 本がどうとか、言ってたじゃん」

 仁科はチラリと助手席を見て、聞いていたか、と少し困った顔をした。

「……安曇の蔵になかった、白狛神社と仁科孝四郎に関する本を受け取ってたんだ」

「えっ」

「向こうの親父殿とも相談して、白狛神社については『宮司が自殺したため廃社した神社』ってことは公開していいってなったし、鬼についてはハクを頼るってことに、結局はなったじゃん?」

「はい」

 蔵から出てきた資料だけでは、白狛神社で殺人が起きたという事実の証明ができない。殺されたという証拠は、和都が夢で見た、バクの記憶しかないからだ。

 安曇の現当主・安曇竣介と凛子に蔵で見つけた資料と、バクの記憶について説明し、話し合った結果、過去に事実として報道された記録のある『自殺』という事実のみを公開することになった。

「でも、お前が見た夢、バクの記憶に出てきた仁科孝四郎については、やっぱり気になるだろ。孝文に連絡したら実家の書庫で関連しそうな本を見つけたっていうから、借りて行こうと思って」

「じゃあ、その本を受け取りに?」

「そういうこと」

 和都は、バクに意識を取られている時の記憶がない。

 事件の真相を探す本当の理由を説明しようとすると、祟りのことやハクとバクの目的についても話す必要が出てくる。

 ──きっと、それなら自分が犠牲になればいい、とか思っちゃうだろうし。

 少しずつ、生きることを楽しむようになってきてくれているのだ。

 まだ、話すことはできない。

「お前は咲苗ちゃんと何話してたの?」

「別に、世間話、というか」

「ふーん?」

 安曇神社で凛子や親類の女性たちとちゃんと話せて、自信も少しついていたようだったので二人きりにしてみたが、やはり問題はなかったようだ。

「先生はちゃんと先生をやってるのか? って聞かれた」

「やってるだろ」

「うーん?」

「なんでだよ」

 和都の微妙な返答に若干の不安が残る。帰ったら咲苗に確認しておいたほうがいいかもしれない。

「それから、マサさんの話も聞いた」

「……その話になるよなぁ。咲苗ちゃんもよく一緒だったし」

 三人で手分けして、トラブルの多い雅孝を守っていた日々が頭を過ぎる。慌ただしくて、忘れられそうもない、懐かしい記憶。

 窓の外、遠くに見える夕焼けがだんだんと夜に飲み込まれている。

「マサさんも、おれみたいに惹き寄せる人だったんだね」

「あー……。言ってなかった、か」

「聞いてないよ。先生が『よく似てる』ってやたら言ってた意味がやっと分かった」

「……ごめん」

 和都が不服そうに口を尖らせて言うので、仁科はとりあえず謝っておいた。

 祟りの件もあり、敢えて伝えていなかったのだが、咲苗が雅孝の話をする時に、そのことも聞いたのだろう。

 咲苗は祟りのことも、雅孝が本当は事故ではなく、自殺だったことも知らされていないはず。そこに触れられなかったのは、まだ幸いだった。

「あとなんか、色々、バレた……」

「ん?」

 和都が妙に口籠ったのでチラリと横を見ると、俯いた顔が耳まで赤い。

 そういえば、と咲苗の特技を思い出す。

 自分は特に何も言われはしなかったが、終始やたらニコニコと普段以上に笑っていたので、きっと同様にバレているだろうな、と仁科は呆れるように息をついた。

「あー……咲苗ちゃんには隠し事ができないんだよなぁ」

「うん、ビックリした」

「視えてはいないんだけどねぇ。でも勘だけはピカイチだから、本当こわい」

 眉を下げて苦笑するように言うと、和都が隣でクスクス笑う。

「……色んな体験できて、楽しかった」

「次行く時は、遊びで行こうな」

「うん!」

 和都が嬉しそうに返すのを横目に見て、仁科も同じように笑った。





 途中のサービスエリアでゆっくりしすぎて、和都の家に着くころには、辺りはすっかり暗くなっていた。

 それでも、和都の家に明かりはない。誰もいない真っ暗な家へ、和都は自分が持って行った荷物を、仁科は安曇の家を出る時に持たされたお土産の入った紙袋を運び込んだ。

「なんか、いっぱい貰っちゃったなぁ」

「いいじゃん。行けなかった春日クン達に土産だって言って配れば」

「それもそっか」

 玄関を入ってすぐの土間で、荷物の確認をしている和都に、仁科は後ろから抱きつく。

「……拐っちゃいたいなぁ」

 呟くように言うと、和都は嬉しそうに、けれど少し困ったように笑った。

「何言ってんの。明日の午前中には母さんたち帰ってくるし、家にいないとまた大騒ぎになるよ」

 夏休みの前半、手伝いのために学校へ来てもらっていた時に、出張から帰ってきた母親から、鬼のような電話がきてしまったことがある。あれをまたされるのは、コリゴリだ。

 今回は大人しく、予定通りの日程を終えて、家にいるのが一番いいだろう。

「そう、だけどさ」

 離れ難い。

 目を離したら、居なくなってしまいそうで。

 全部を放り出して、一緒に逃げ出してしまえたらと思う。

 でもそうはいかない。ここで逃げたら、また(うしな)うのだ。

「来週から文化祭の準備で学校行くし、そしたら、保健室にもちゃんと顔出すからさ」

 駄々を捏ねる子どもを説得するような、あやすような口ぶりで言われてしまって、仁科は情けなくも笑ってしまった。

「うん、待ってる」

 仁科はそう言うと、ふっと頭を下げて、和都の首の後ろをベロリと舐める。

「ひゃっ! ちょっと!」

 流石に驚いて、和都が身体をこちらに向けた。それをそのまま包むように抱きしめると、Tシャツの襟ぐりを背中側に少し引っ張って、細い首の後ろの、その根本に唇で触れる。

「……んっ」

 キュゥ、と吸い付くと、腕の中から小さな痛みに耐える甘い息が零れた。

「どこにつけてんだよ……」

 首の後ろに回していた顔を正面に戻すと、耳まで赤くした和都がこちらを見上げて文句を寄越す。それに構わず笑いながら、ゆっくり鼻先へ顔を近づけて、そのまま唇を塞いだ。

 和都は観念したように目を閉じて、ギュッと胸元を掴んでいた手を、抱きつくように仁科の背中へ回す。

 拙い舌に車内で飲んでいたコーヒーの香りを、ゆっくりと何度も絡めた。

「……素直になっちゃって」

 唇を離して、ついて出たのはそんな言葉。少し前では考えられない。でも、それが嬉しかった。

「咲苗さんに、先生には甘えていいよって言われた、ので」

 正しい甘え方は、きっとよく知らないんだろう。

 それでも、懸命にこちらに手を伸ばしてくれるようになったのは、喜ばしいことだ。

 もしかしたら、咲苗に肯定してもらったのも、大きいのかもしれない。

「それに、学校じゃないし」

「……そっか」

 赤い顔で少し照れながら言う和都の頭を、仁科は優しく撫でる。

「さ、いい加減行かないとな。ちゃんと戸締りしなね」

「うん、先生も気をつけてね」

「あぁ、おやすみ」

 笑顔で小さく手を振る和都に仁科はそう返して、玄関の扉を閉めた。

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