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16-02



 安曇家から車で約二〇分。

 繁華街から少し離れている開けた場所の、広々とした庭園の入り口へ車は進んでいく。白い砂利石の敷き詰められた通路は低木で区切られ、綺麗に整備された日本庭園がその向こうに見えた。しばらく進むと、大きな平屋造りの日本家屋が見えてくる。

 ──大きくない、の基準が多分違うなコレ。

 自分の家の三〜四倍は軽くあるな、と和都がそう思いながら見ていると、玄関が見える位置にある駐車場のような場所で、ようやく車が停まった。

 するとちょうどその庭先にいた、Tシャツにハーフパンツ、サンダルを履いたラフな格好の男性が、にっこり笑って車の方へ手を振る。顔はどことなく仁科に似ていて、もう少しだけ若い。

「よぉ、兄貴」

「ただいま、フミ」

 仁科が車から降りて、声を掛けてきた人物にそう答えた。

 どうやらこの話しかけた相手が、弟の孝文(たかふみ)らしい。

「おかえり。兄貴はかわんねーなぁ」

「そうか?」

 車の前で二人が話していると玄関が開き、長い髪を後ろで一つの三つ編みにした、孝文と同じくらいの年齢と思われる女性が出てくる。

「あら、ヒロさん。おかえりなさい」

咲苗(さなえ)ちゃんもただいま」

 おっとりとした雰囲気で、のんびり喋る女性は、孝文の妻で、咲苗というようだ。

「あれ、チビどもは?」

「二人ともお昼寝中よ。さっきまで水遊びしてたから」

「そっか」

 よく見れば孝文は子ども用のビニールプールを片付けている。その水遊びで使ったものらしい。

 和都は車に乗ったまま、三人の様子をそっと窺っていた。しかし、降りてこないことに気付いた仁科が、こちらを向いて手招きする。

 呼ばれた以上は、仕方ない。

 和都は緊張しつつも車から降り、仁科の近くまで歩み寄ってから、口を開いた。

「えっと……。狛杜高校二年の、相模和都、です」

 そう言って頭を下げる。

 顔をそっと上げると、孝文も早苗も、とても懐かしいものを見るような、そして切なそうな顔でこちらを見ていた。

「……君が、和都くんか」

「まぁ、本当に」

 しばらくじぃっと和都を見ていた孝文が、何かに気付いたように慌てて手を振って笑う。

「あ、いや。申し訳ないね。兄貴に聞いてはいたんだけど、弟にあまりにも似てるもんだから」

「いえ……」

 自分でも似ていると思ったし、安曇家でも同じような顔をされたので仕方がない話だ。逆にその人じゃないことが、申し訳ない気持ちになってくる。

 孝文がじんわり潤んだ目尻を抑え、気持ちを切り替えるようにして顔を仁科の方へ向けた。

「あー、兄貴は泊まっていかないのか?」

「いいや、今日はもう戻らないとだし。それに、こっちに泊まったら親父たちに凛子との縁談、勝手に進められそうだしさ」

「それもそうだな」

 そう言いながら孝文と仁科が玄関へ向かうので、和都もとりあえず後をついていく。

「例の本、受け取ったら帰るよ」

「そうか。じゃあ、こっちだ」

 家に入ると、孝文が廊下の右奥の方へ案内しようとしていた。それについていく仁科を和都も追いかけようとしたのだが、あ、と気付いた仁科がこちらを振り返る。

「相模、お前は咲苗ちゃんと待ってて」

「えっ」

 そう言われて、仁科の指差したほうを見ると、早苗がニコニコと笑って和都を見ていた。

「じゃあこっちで飲み物でもどう?」

「は、はい……」

 躊躇いつつ頷くと、咲苗は孝文たちとは逆方向の廊下へ案内する。

 和都は緊張しながらも、大人しくそちらへついて行った。





「ごめんなさいね、こっちで子どもたちが寝てるから」

「はい、大丈夫です」

 大きな平屋の日本家屋。歩くたびにギシギシと鳴る廊下からは、来るときに見えた日本庭園の造形全体が綺麗に見えた。

 そちらに気を取られながら、障子の閉まった部屋を二つほど通り過ぎる。その先の一室に、小さな子どもが二人、畳の上に敷かれた小さな布団の上で眠っていた。

 ──小さい。

 自宅近くの公園に来る小学生たちよりも、もう少し下の年齢に見える。

 ちょっと待っててね、と咲苗が奥に引っ込んだので、和都は近くに置かれた座卓の横に座って、すやすや眠る子ども達をぼんやりと眺めた。

 ぷっくりと膨れた頬に、ふわふわの少ない髪。掛けられたタオルケットの端からは、むちむちとした小さな腕がはみ出している。

 しばらくすると、咲苗がお盆に麦茶を乗せて戻ってきた。はいどうぞ、と差し出された麦茶に口をつけると、咲苗はやはりニコニコと笑っている。

「あ、ねぇ。『カズト』ってどんな字を書くのかしら?」

「和風とかの『和』に、京都とかの『(みやこ)』です」

「あら、じゃあこの子達とお揃いね」

 そう言うと、咲苗が嬉しそうに寝ている子ども達の方を見るので、和都もつられてそちらを見た。

「こっちの大きい子は千の(みやこ)に、世の中の『世』で『千都世(ちとせ)』。下の子は最後が留まるの『()』で『千都留(ちづる)』っていうの」

「……本当だ」

 繋がりのある名前に、和都はなんとなく嬉しくなる。

 緊張していた表情が崩れたらしいと見て、咲苗が優しく笑った。

「和都くんは、ヒロさんが勤めてる高校の、生徒さんなのよね?」

「はい」

「どう? ヒロさん、ちゃんと先生してる?」

「あー……どうですかね。いい先生だとは、思いますけど」

 他の生徒と自分に対しての対応を比べると、少し違うような気もするので、改めて聞かれてしまうと、答えるのが難しい。

「やっぱり、人のために動くのが性に合ってる人なんでしょうね」

 和都の歯切れの悪い回答でも、咲苗は気にならないようで、しみじみと言った。

「私ね、フミさんとは中学の頃からお付き合いしていてね。だからヒロさんや、弟のマサくんともよく一緒に遊んでいたの」

「そう、なんですね」

「ヒロさんはマサくんのこと本当に大事にしてて。マサくんは色々なものを惹き寄せてしまう性質の子だったから、大変だったわぁ」

「……え」

 咲苗の言葉に声が詰まる。

 雅孝が自分と同じような性質を持っていた、というのは、初めて聞く話だった。

「だから、ヒロさんが大学に入ってすぐ、マサくんがあんなことになって……。その後も休学してここの書庫に引きこもっちゃったり、しばらく音信不通になっちゃった時もあったから、みんな心配してたのよねぇ」

 咲苗の言葉を聞きながら、和都は仁科が昔、神社関係について調べていた時期があった、と話していたのを思い出す。

 大学を休んでまで調べていたのは知らなかった。

「でも、ちゃんと先生になってお仕事してるなら、きっとそれがいいんでしょうね」

 咲苗がニコニコ笑いながら言う。

 自分の知らない、仁科の話。

 仁科があんなに自分に協力的だったのも、弟さんにそっくりだとしきりに言っていたのも、そんな過去があるからだろうか。

 昨夜のことで、少し浮かれてしまっていた。

 ──おれ、先生のこと、全然知らないや。

 それを自分が聞いていいのか分からない。胸元に咲いた赤紫の痣が、じくりと痛んだ気がする。

 黙ってしまった和都を、咲苗がじぃっと見て、何かに気付いたように言った。

「……和都くん、もしかしてヒロさんのこと、好き?」

「えっ、あ、いや。その……」

 突然言われて、慌てて何か返そうとするも、言葉が出てこない。

「んふふ、隠さなくてもいいのよー。私、そういうの分かっちゃうほうだから」

「……分かるんですか? 咲苗さんも『視える人』?」

 楽しそうな咲苗に対し、和都は耳を赤くしながらそう尋ねる。

「ううん、霊力とはちょっと違って、第六感っていうのかなぁ。ヒロさんやマサくんみたいに、幽霊とかが視えるわけじゃないの」

「え、孝文さんは、視えないんですか?」

「うん、フミさんはからっきし。安曇のお家の人たちは視えるチカラが強い人が欲しいから、私は孝文さんと一緒になれたんだけどね」

 以前、仁科が安曇の家は『本物』だと言っていたのを和都は思い出していた。

 チカラのある人間同士を結婚させ、家を継ぐことで『本物』であることを維持しているのだろう。物語なんかではよくある話だ。

「……本当は、マサくんが凛子ちゃんと一緒になる筈だったんだけどね」

 けれど雅孝が亡くなったことで、その状況が一変する。

 安曇家はチカラを維持するために、仁科と凛子を結婚させようとしていて、だからこそ、仁科は凛子に興味がないと、ずっと言っているのかもしれない。

「先生に婚約者がいるっていうのは、聞いてるんで。……だから、べつに」

 膝の上で握った拳に力が入る。

 心の中で膨らんだ気持ちと、仁科の気持ちが同じだと分かったところで、自分はそこに口出しをできる立場ではないのだ。

「……和都くんは、我慢しちゃう子なのかなぁ」

 咲苗が少し困ったような顔をして笑う。まるで心の中を、全て見られているような気がした。

「大丈夫よ、和都くん」

 そう言って近寄ってきた咲苗が、そっと和都の手を握る。

「凛子ちゃんはちゃーんと自分で素敵な人を見つけるから、大丈夫よ。だから何の心配もいらないわ」

「……え」

「だから和都くんは、ヒロさんにいっぱい甘えて大丈夫。遠慮なんてしちゃダメよ! ねっ!」

「は、はい……」

 ずっと笑ってはいるものの、にじり寄って言う咲苗の圧が妙に強くて、和都はそう答えるしかない。

 と、すぐそばの畳のほうから声がした。

 そちらを見ると、千都世が目を覚ましたようで、大きな欠伸をしながら身体を起こすところ。

「あら、千都世。起きたの? おはよう」

 咲苗がすぐにそちらに近寄って、抱っこをねだるように手を伸ばした千都世を抱え上げ、膝に乗せた。

 寝癖ではねる髪の毛を整えるように、咲苗が千都世の頭を撫でる。ぼんやりしていたが、見慣れない人間に気付いたらしい千都世は、和都のほうをじぃっと見て指を指した。

「この人だれー?」

「親戚の和都くんだよー。千都世は初めましてだねぇ」

 そう言って咲苗が千都世を抱えたまま、和都に向かってお辞儀するように小さく前屈みになったので、和都も慌てて頭を下げる。

 顔を上げると、千都世はやはりこちらをじぃっと見ていた。

 が、視線が少しズレているような気がする。不思議に思っていると、すっと和都の横を指差して言った。

「……おっきいワンコ」

「え、視えるの?」

 予想外すぎて、思わず声が大きくなる。

 ハクは常に自分の近くにいるが、今はチカラがある人間でも視えない状態になっているはずだ。

「あら、和都くんはお犬様を連れてるの?」

「えっと、まぁ、はい……」

〔すごいね! 姿隠してたのに、ボクのこと視えちゃった!〕

 さすがに驚いたらしく、ハクが和都にも視える状態になって現れた。

「あ、ハク。それはすごく強いってこと?」

〔うん! リンコとおんなじくらい強い!〕

 和都も仁科から、安曇家で今一番チカラが強いのは凛子だ、というのは聞いている。現段階でそんな凛子と同じくらいに強いというのは、これは将来なかなかの大物になってしまうのではないだろうか。

 当の千都世は、咲苗に抱っこされたまま、ハクを触ろうと懸命に小さな手を伸ばしていた。

「お犬様はなんて言ってるのかしら?」

「……あ、えと。千都世くんは、凛子さんくらい強いそうです」

 本当に視えていないんだ、と思いつつ和都が答えると、咲苗も驚いた顔をしながら、嬉しそうに言う。

「あらそうなの。前から視えてるみたいねぇ、とは言っていたんだけど。安曇さんに相談しなきゃねぇ」

 咲苗が笑う傍ら、ハクが興味津々に近づけた鼻先を千都世に掴まれていて、和都も一緒になって笑った。

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