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14-01

 朱色に塗られた二本の太い柱に、その間を渡すように乗せられた黒と朱の横材と、その下に柱同士を繋ぐ朱の板が一本。見上げると思わず口が開いてしまうほどに大きな鳥居の足元で、和都は感嘆の声を上げた。

「大きい……」

 横に渡された板の中央には、金の縁取りをした黒い額のようなものが掲げられており、金字で『安曇神社』と書いてある。

 八月の中旬。

 狛杜高校近くにある自宅から、仁科の運転で約三時間半。

 和都は隣県の山間にある『安曇神社』まで来ていた。

 周辺は田畑も多く、境内はぐるりと木に囲まれていて、まるで森の中にひっそりと住まう、神様のために建てられたお(やしろ)のようだ。

 大きな鳥居の足元からまっすぐ伸びる幅の広い綺麗な参道の先には、立派な朱の柱と白い壁で出来た拝殿と、その後方に本殿が設けられているのが見える。

「ほら、こっちだよ」

 仁科に呼ばれ、旅行用の大きなボストンバッグを持ち直すと、和都は一礼して鳥居をくぐった。

 周辺を見回しながら、和都は仁科についていく。

 境内の隅には手水舎などのほかに、小さな鳥居と社がいくつかあり、他にも絵馬やおみくじを掛けるための看板や、向かう先と反対の奥には宝物殿らしき建物も見えた。

 まっすぐ伸びる参道を横にそれて進み、その先の『社務所』と看板のある建物の、さらに奥隣にある建物へと仁科は迷わずに向かう。どう見ても民家と思われる日本家屋の玄関へ向かって歩いていると、ちょうど中から五十代くらいと思われる、着物に割烹着を付けた女性が一人出てきた。そして、こちらに気付いた女性はにこやかに笑う。

「あらあら、着いたの? 久しぶりね、弘孝(ひろたか)くん」

菜津子(なつこ)さん、どうもご無沙汰しています」

 仁科が挨拶した女性は、安曇家現当主の妻、安曇菜津子であった。

「まぁまぁ、元気そうでよかったわ。そっちの子が例の?」

「はい。一緒に蔵の整理をする、勤務先の教え子です」

 仁科に促され、和都は恐る恐る前に出て頭を下げる。

「……えっと、狛杜高校二年の相模和都です。お世話になります」

 そう言って顔を上げると、菜津子が目を見開いて、分かりやすく驚いていた。

 ──あ、そうか。

 自分の見た目について、和都はすっかり忘れていたことがある。

 それは仁科の弟、亡くなった仁科雅孝に似ているということだ。

 仁科家と関わりの深い安曇家の人間なら、自分にソックリだったという、雅孝のことも知っていておかしくない。

「あ、あの……」

「……ああやだ、ごめんなさいね。ちょっと知ってる子に似てたから、吃驚しちゃって」

 菜津子は少し恥ずかしそうにそう言って笑うと「こっちを使ってね」と本邸の奥にある、こぢんまりとした離れへ二人を案内してくれた。

 離れは十二畳ほどの畳敷きの広間に、トイレと洗面台がある程度。廊下の奥は本邸と渡り廊下で繋がっているので、食事や風呂は本邸でいただくようになっているらしい。大人数でも気兼ねなく寝泊まりができるようにした、大きな客間のような感じだ。

 離れをぐるりと囲むようにある廊下の雨戸は、出入り口の近くを開けると拝殿側が、奥のほうを開けるとその先にある裏庭と小さな蔵が見えるようになっている。

 広間の中央には大きな座卓が置かれ、奥には畳まれた布団が二組置いてあったので、持ってきた荷物をひとまず布団の近くに置いた。

「……一応、伝えてはあったんだけど、あんまり良い気分はしないよな」

 仁科が少し申し訳なさそうに言う。

「いや、まぁ。自分でも似てると思ったくらいだから、仕方ないかなって」

 兄の仁科にあれだけ親しく話しかけるのであれば、その弟をよく知らないわけではないはずだ。

「来る途中でも言ったけど、再従兄弟(はとこ)だって話は面倒になるから、あんまりするなよ」

「うん、大丈夫」

 仁科の説明では、和都の母は仁科の家系とすでにちゃんと縁を切っているので、旧姓の神谷の名前を出すとあまり良い顔をされないらしい。一部の親族には話してあるそうだが、安曇家の人間には基本、仁科の教え子が白狛神社について調べるためにやって来た、とだけ説明してあるそうだ。

「とりあえずは、主祭神(かみさま)に挨拶しとかないとな」

 荷物を置いた後は、参道の脇に設けてあった手水舎で手洗いし、今度は参道をまっすぐ歩いて拝殿へ向かう。朱色の柱に白い壁、突き出した黒い屋根が重ねられた拝殿の入り口。設けられた賽銭箱と鈴の前に並んで立つと、仁科に倣って和都も二礼二拍手一礼で頭を下げた。

 お参りを終えたところで、目的の白狛神社を探そうか、と話していると、本殿と拝殿の横にある社務所の戸が勢いよく開く。驚いてそちらを見れば、中から緋色の袴を履いた巫女姿の女性が出て来た。

「ヒロ兄!」

 そう叫ばれて仁科はああ、と気付き、一つに結い上げた長い黒髪を揺らして駆け寄って来る、その巫女さんに親しげに返す。

「よぉ、凛子(りんこ)

「よぉ、じゃない!」

「元気そうだな」

「何年もこっちからの連絡無視しといて! 本当になんなの!」

 凛子と呼ばれた女性が大声で喚き出したのに驚いて、和都は思わず仁科の影に隠れた。

 この声は聞き覚えがある。

 ──電話で怒ってた人だ。

 安曇凛子、安曇神社の次期当主で、仁科の一応の婚約者。

 白い小袖に緋色の袴を身につけ、腰近くまである長い髪は後ろで一つに束ねてある。背丈は和都と同じか、少し大きいくらいだろうか。

「理由はちゃんと説明しただろ」

「そうだけど!」

「あんまりギャンギャン騒ぐなよ、怖がられてるぞ」

「は?」

 凛子の文句を一通り聞き終わったところで、仁科が後ろに隠れた和都の方を見る。肩を窄めて縮こまっていた和都は、こちらを覗き込んできた凛子と初めて目があった。

 眉間に皺を寄せていたが、黒目が大きくて色白で、とても綺麗な人だというのは和都でも分かる。和都を見た凛子も、やはり菜津子と同様、目を見開いて驚いた顔になった。

「……君が?」

「さ、相模和都と、言います……」

 和都がびくびくしながら名乗ると、驚いた顔から何やら険しい表情に変化する。ただ、視線は自分ではなく、自分の背後に向いているような気がした。

「君、何を連れてるの?」

「え?」

 ハクのことだろうか。ハクは今、霊感がある人間でも視えない状態になっているはずだ。仁科が以前、安曇家は『本物』だと言っていたが、それと関係があるのだろうか。

 警戒するような目つきに困っていると、仁科が間に入ってきてくれた。

「あー、この子が『白狛神社』を探してるっていう、うちの生徒だよ。神社のほう、案内してくれない?」

 すると凛子は「ああ」と納得した顔をする。それからすぐに「こっちよ」と社務所の裏手にある、雑木林のほうへ向かうので、和都は仁科と一緒についていった。

 知っている人でなければ分からない、木々の隙間のような入り口。

 そこを分け入るようにして中に入ると、ぐるりと囲む木々で薄暗く、生い茂る枝葉の隙間から光がわずかに差し込む程度だ。だが、不思議と不気味な感じはしない。

 雑木林の中を細く切り開くように設けられた、小さな参道を進みながら、先導する凛子が言う。

「ここ、本当はあまり安曇家以外の人が近づいちゃいけないって、言われてる場所なの」

「え、そうなの?」

「由来が曖昧っていうのもあって。だから神社の案内にも載せてないのよ」

 安曇神社に来る前、神社のホームページを一応見たが、狛山にあった神社跡地のなかで、看板が残っていた二つの神社の名前は、末社という形で確かに載っていた。白狛神社をネットで検索しても出てこなかったのは、そういった事情からか、と和都は一人納得する。

「俺のアルバムに、そこで撮った写真あったけど」

「昔のでしょ? 子どもだから多めに見られたんじゃない?『七歳までは神のうち』なーんて言うし」

 参道の突き当たりに、朱色が剥げて古びた小さな鳥居と、石造りの(やしろ)が見えて来た。

「ここが、白狛神社よ」

 鳥居の柱には『白狛神社』の文字。見せて貰った写真の通りの姿が、そこにある。

 その前に立った和都は、何故か懐かしさと嬉しい気持ちが、内側から一気に湧き上がってくるのを感じた。

「……逢えた」

 そう呟くと同時に両の目が金色に光って、涙が溢れ出てきて止まらなくなる。

 ──ああ、バクが喜んでるんだ。

 自分とは無関係の、内側からの情動に耐えきれず、和都はその場にしゃがみ込んだ。

「えっ。ちょっと、大丈夫?」

 突然うずくまって泣き始めた和都に凛子は驚き、近寄って背中をゆっくりさする。

「少し、そっとしておいてやって」

 仁科が優しい顔でそう言うので、凛子は困惑しつつも少し離れて様子を見守ることにした。

 辺りの木々を大きく揺らす風がザアッと吹き抜け、雑木林の隙間から差し込む光がキラキラと鮮やかに揺れる。

 その中で暫くの間、和都がすすり泣く声だけが響いていた。

 ザワザワと騒がしかった風が凪いできた辺りで、和都の声もようやく落ち着いてきたので、仁科はそっと近づき屈むと、和都の丸めた背中を大きな手でさする。

「……大丈夫か?」

「うん、ごめん。ちょっと止まんなくて……」

 和都はそう言いながら顔をあげ、両方の手の甲で何度も頬の涙を拭い、なんとか仁科と一緒に立ち上がった。

 仁科は和都の頭を撫で、金色から黒に戻った目の端に残る涙を、そっと指先で拭いてやる。それから顔をこちらに向かせてみると、思った通り薄暗い中でも分かる程度に顔色が悪かった。

「顔色よくないな。離れで休もうか」

「……はい」

 答えて歩きだすが、やはり足元が覚束ず、ふらついてしまう。

 仁科が少し屈んで肩を抱き寄せ「ほら」と、自分に捕まるよう促したが、和都は近くでこちらを窺う凛子の方をチラリと見て、躊躇った。

「でも……」

「気にしなくていい」

 普段の和都なら大丈夫と頑として振り切るところだが、本人も調子の悪さを自覚していたらしく、しぶしぶと大きな肩に細い腕で抱きつくように掴まる。それを横抱きになるようにして抱え上げると、仁科は凛子のほうを向いて言った。

「さ、戻ろうか」

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