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12-04 *



 狛杜公園前駅から割とすぐ近く、大きめの道路に面したところに春日の家はあり、仁科は車を家のそばの路肩に停める。

「今日はありがとうございました」

「どーいたしまして」

 車から降りた春日は、まだ後部座席で寝ている和都を一瞥して。

「……寝込み、襲わないでくださいね」

「しないってば!」

 春日の念押しに、仁科が呆れて返すと、ドアがバタンと音を立てて閉まった。

 バックミラーで確認すると、和都は変わらずぐっすりと眠っている。

 とりあえず車で和都の家まで向かうが、数分もかからない距離なので、あっという間に着いてしまった。

 日が落ち始めて、薄暗くなってきた時間。

 周辺の家々に明かりが点き始めているのに、和都の家は暗いままだ。休日だというのに、両親は今日も家にいないのだろう。

「相模、着いたよ」

 そう声を掛けるが、反応はない。運転席から顔を後ろに向けて、もう一度言ってみるが、起きる気配は微塵もない。

 仁科は仕方なく後部座席に移動し、和都の隣に座って肩を揺する。

「こら、相模起きろ。家着いたぞ」

「んぇ……」

 和都がようやく目を開けて、俯いていた頭をゆっくり上げた。

「あ、ごめん。寝てた」

 まだ覚醒しきっていないようで、ぼんやりした顔で目を擦る。完全に熟睡していたらしく、仁科も流石に呆れてしまった。

「さすがにちょっと、無防備すぎない?」

「……先生は、嫌なことしないから」

「嫌なこと?」

「うん」

 まだ少し夢の中にいるのか、ふんわりした答えで和都が笑う。それから猫のように背中を丸めながら、うーんとゆっくり伸びをして、少しずつ意識を取り戻し始めたようだった。

「ほら、お家に入んなさい」

 近くの街路灯に照らされて、少しだけ明るい車内。そこから見える和都の家は、他の家々の明かりで薄暗い景色の中、ぽつんと一際に暗かった。

「……おなかすいた。ご飯行きたい」

 視線を外に向けたまま、和都の口から出たのはそんな言葉。

 仁科は少し考えてから言った。

「あー、それは今度にしよう。今日は四人の生徒の引率者って役割だしね」

 なんとなく気持ちは分かる。

 けれど、今日の大人数での外出は、今後二人きりで動くことになっても変に注目されないよう、動きやすくするためのある意味カモフラージュだ。ここで二人きりの行動をとってしまっては意味がない。

「あー、うん。……そう、そうだよね」

 和都が小さくかぶりを振った。どうやら、状況は分かっているのに、まだ寝惚けた頭が無意識に口走ったものらしい。

 仁科はぽんぽんと和都の頭を撫でると、指先を頬へ、それから顎の下へするりと滑らせて、顔を上げさせる。それから、あ、と息を吸う間もなく小さく開いた唇を自分の唇で軽く塞いで、すぐに離れた。

「今日の分ね」

「……うん」

 驚いたようにこちらを見ていた視線が逸れて、付けたままのシートベルトをギュッと握りながら、和都が小さく頷く。いつものように怒った声が飛ぶかと思えばそれがなく、仁科は意外そうな顔をした。

「あれ、怒んないの?」

「怒っても、どうせするじゃん」

「まぁ、うん」

「それに、学校じゃないし」

 和都が呆れたような、困ったような顔をする。どうやら半分くらいは諦められたらしい。

「ま、夏休み入ったら手伝いで学校に呼ぶから。飯はそん時に、部活の奴らも誘ってまた行こうな」

 仁科が笑って頭を撫でながらそう言うと、和都が驚いた顔でこちらを向いた。

「えっ」

「どうせ暇だろ?」

「そう、だけど……」

 明からさまに嫌な顔をされる。どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。

「さ、いい子はお家に帰んなさい」

「はぁい」

 不貞腐れた声で言いながら和都はシートベルトを外し、車から降りて玄関へ向かう。

「じゃーね、先生」

 こちらに手を振って、玄関の戸が閉まったのを見届けると、仁科は運転席に戻り、車を発進させた。



「……なーにやってんだ、おれ」

 玄関の戸を閉めて、その場の明かりを点けてすぐ。和都はそのまましゃがみ込んで、頭を抱える。

 仁科の本心もよく分からないが、それ以上に自分のことがもう、よく分からなくなってきた。

 頭が上手く働いていなかったのか、二人きりになって気が緩んでいたのか。

 ──もう少し、一緒にいたかった、とか。なんで考えたんだ。

 よく分からない。分からないけど、顔が熱い。

〔カズト、大丈夫?〕

 声が聞こえて顔を上げると、犬の生首だけのお化け、ハクがいた。

「あ、ハク」

 相変わらず身体はないが、最初に会った頃より、白くて輪郭もハッキリして、立派な狛犬らしく見える。

 そして、それ以上に気になることがあった。

「……なんか、長くなった?」

〔うーん、そうだね!〕

 以前は首輪を付けるような辺りに赤と白のねじり紐が巻かれていて、そこでぶつりと切れていたのが、その下の、犬の前足の付け根の辺りまで見えてきている。

 全体的にこぢんまりしていたのが、ひょろりと細長い印象になった。

「身体が全部見えるくらいになったら、鬼も食べられるくらい強くなる、のかな?」

〔そうだと思うよ!〕

「……そっか」

 ハクが強くなるということは、その分チカラが増えているわけで。

 つまりそれだけ仁科からチカラを分けてもらっている、という証拠でもある。

 そしてそれだけの回数のキスを、形はどうあれ仁科から受けている、ということ。

「うーん……」

 どうしても、考えてしまう。

〔カズトどうしたの? さっきからずっと一人で百面相してるよ?〕

「なんかもう、よく、分かんなくって……」

 和都はハクの頭を撫でながら、息をついた。

〔なにが?〕

「先生もよく分かんないけど、自分のことも何か、もうよく分かんない……」

〔えー、そうなの? それはねぇ、〕

 ハクが何か言いかけたクチを、和都は慌てて両手で塞ぐ。

 魂が繋がっている関係で、ハクには自分の内面が分かってしまうのだった、と思い出したからだ。

「……言わないで、ハク」

〔ボクのクチ、閉じても意味ないのにぃ〕

 基本的にハクの言葉は頭の中に入ってくるものなので、この行為に意味はない。意味はないが、制止したいものは制止したい。

「分かってるけど、言わないで!」

〔もー、しょうがないなぁ〕

 そう言いながら、ハクがケラケラと楽しそうに笑った。

 自分のこの、よく分からない感情を言語化したら、色々とダメな気がする。

「もう、笑わないでよ」

 和都は妙に楽しそうなハクを見ながら、困ったよう眉を(ひそ)めた。

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