11-06
「現状、神社の詳しい情報を探し出すには、安曇神社まで行く必要があるんですよね?」
春日の問いかけに仁科が頷く。
「そ。だから夏休みにコイツを連れて行きたいんだけど、いい口実が思いつかなくってさー」
養護教諭で授業や部活を受け持っているわけではない仁科が、学校外で生徒を連れまわすだけでも厳しいだろうに、隣県まで連れていくとなると正当な理由がないと難しいだろう。
「あ、じゃあさ」
ハクを撫でながら聞いていた小坂が、何か思いついたように口を開く。
「白狛神社だっけ? その神社、おれらが班の活動で調べてるってことにすればいいんじゃね?」
「班の活動?」
授業を持たない仁科には、少しピンとこない単語だった。
「はい。授業とかでグループワークなんかをする時のために、四人一組の班を決めてあるんです。俺らはこの四人で一つの班になってて」
「任意なんですけど、夏休みに班でなんかやったってレポートとか提出すると、成績とか内申をちょっと付けてもらえるんですよ」
「ああ、あれか。たまに三年が頑張ってるやつ」
保健委員の三年生が、受験に向けてそういう話をしていたなぁと仁科は思い出す。
「……いい、の?」
和都が申し訳なさそうに言うと、小坂が気にするな、と笑った。
「だって、うちのばーちゃんに話聞いたりしたのも、その神社探しの一環だったんだろ?」
「う、うん」
白狛神社の跡地を探すために小坂の祖母に話を聞きにいったが、確かにその時は、春日以外の三人で聞きにいっている。
「先生が探してる神社の関係者だから、って感じなら納得してもらえんじゃない?」
「そうだな、俺ら四人がその神社について調べてて、仁科先生に情報提供をしてもらう必要があるから、なら理由としては成立しそうだな」
「あー、そういう感じにしてくれるなら、俺的にも助かるかな。職員会議でいつか何か言われねーかと、毎回ヒヤヒヤしてはいるのよ」
今のところ、和都と二人きりで出掛けたのはまだ一度だけなので、大きな問題になっていないようだが、二度三度と重なってくれば、周りから何と言われるか分からない。学習に関連した協力であれば、納得もされやすいだろう。
「タイミングを見て、担任の後藤先生にも伝えておきます」
「うん、お願い。あ、でもなるべく最低限にしといてくれる? 俺がその神社の関係者なの向こうにバレると、ちょっとヤバくてね」
「先生も狙われるってこと?」
「そ。何せ『鬼』を封印してた神社の関係者なうえ、霊力を持ってる人間だからね」
和都がいることでまだ気付かれてはいないようだが、チカラを持っていることがバレたら、食われてしまう可能性だってあるのだ。
「なるほど」
「その辺は、気をつけます」
教師陣には、鬼が憑いている川野と堂島がいる。歴史に関連した話なので、下手をすれば川野に情報が流れてしまうかもしれない。そこは慎重に伝える必要があるな、と春日は考えを巡らせた。
「とりあえず、神社については一回まとめたほうがいいな」
「一応、これまでのことをまとめたノートはあるけど」
「それをそのまま先生に提出はできないだろ」
「……たしかに」
狛犬の生まれ変わりや、他人を惹き寄せるチカラなど、他人からは信じ難いファンタジーな内容も書いてあるので、提出物とするには問題が多い。
「よし、ひとまず他の人に見せても問題ないものを別で一冊作ろう。なるべく史跡調査をメインにした感じがいいだろうな。他に調べた場所の写真とかは、撮ったりしたのか?」
「あっ、メモはしたけど、写真は撮ってないや」
「じゃあ、写真とか撮るついでに、一度全員でそれぞれの跡地を巡っておこう。四人での活動だっていう印象づけと、既成事実を一回でもいいから作っておいたほうがいい。それなら人数減ってても単純にスケジュールの都合って言い訳ができるし。班長は俺だけど、メインで調査しているのは和都だとしておけば問題ないだろ」
春日がすらすらと計画を立てていくので、仁科が感心する。
「……春日クンって、嘘つくの上手そうだよね」
「嫌ならやめますよ?」
「褒めたんだよ!」
いつも通りの顔で言われ、冗談が通じないなぁ、と仁科は頭を掻いた。
「じゃあ、期末テスト終わったら、一度みんなで行こうか。安曇の家からも跡地の現状見たいから、写真撮ってこいって言われてるしな」
「倒木のこと、話したんですか?」
「うん。そしたらそう言われちゃってさ」
そんな話をしているうちに、時計は昼休み終了間近の時間を指していた。
キリのいいタイミングである。
「さー、そろそろ五限が始まるぞ。ほれ行った行った」
「はーい」
四人を保健室から追いやって、仁科はドアに掛けていた『面談中』のプレートを外す。
「これからも保健室で作戦会議しようよ!」
「たまにならいいけど毎日はダーメ。他の生徒が入りにくくなるだろ」
「たしかに!」
「じゃあねー先生」
揃って教室に向かう四人を見送って、仁科は保健室のドアを閉めた。
◇
授業の終わった放課後。
小坂と菅原は部活に行ってしまったが、和都も春日も特に委員の活動はなかったので、二人きりで学校を後にした。
よく晴れた、夕方にはまだ早い時間。
校門を出てしばらく歩いたあたりで、和都は申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんね」
「なにが?」
「ずっと、言ってなかったから」
隣を歩く春日を、ちゃんと見ることが出来ない。
「……まぁ、もう少し早く知りたかったな、とは思ったけど」
「そうだよね……」
四年以上一緒にいて、大抵のことは話せたのに、どうしても幽霊が視えることだけは、話せなかった。
ただでさえ迷惑をかけているのに、それ以上負担をかけたくなかったし、視ることの出来ない春日が信じてくれると思えなかった。
そしてなにより、春日に嫌われたくない気持ちが強かった。
「気持ち悪いって……思う?」
和都は顔を伏せたまま立ち止まり、通学鞄をぎゅっと握りながら、昼休みに聞けなかった、一番聞きたかったことを、訊いた。
数歩だけ先に進んだ春日が足を止める。
「べつに」
普段と変わらない声が返ってきて、和都は顔を上げた。
春日がじぃっと、いつものように、無表情に近い顔でこちらを見つめて。
「ただ、お前が時々何もないとこ見て怯えたり、急に倒れたりしてたことに、ちゃんとした理由があったのが分かって、少し、ホッとはした」
ささやかに糸が解けるような。少し呆れつつも、どこか安堵したような顔で、春日が小さく笑う。
「……ありがとう」
その様子を見て、和都はようやく胸を撫で下ろせた気がした。
──先生の、言う通りだ。
心が楽になった気がする。
和都は春日の横に並ぶと、再び歩き出した。
「あー、でも」
「ん?」
「本当に、付き合ってないのか?」
「付き合ってないってば!」
昼休みの話し合いの際、菅原が言い出した話を蒸し返すように言われてしまい、和都は反射的に言い返した、のだが。
「体育祭の後、保健室で先生とキスしてただろ? ……額だったけど」
春日の言葉に、和都は息を飲み、愕然として立ち止まった。
「……見て、たの?」
「見てたっつーか、見えたっつーか」
数歩先に行く春日が、和都を振り返って言う。
よりにもよって、一番見られたくない相手に見られた事実で、顔が熱くなる。
「あれ、は! チカラ分けてもらうのに、クチからのほうが効率いいって、ちゃんとした理由があって!」
「へー……」
春日が冷めた目で棒読みのような返事をした。
「信じてないだろ!」
「そういうわけじゃないけど。あの先生ならそれを理由に手ぇ出してきそうだな、って思って」
「うっ……」
実際、最初は額だけという話が、最近はエスカレートしてきているので、反論が憚られる。
「先生は、大丈夫だよ。……たぶん」
耳が熱い。
ようやく出てきた言葉が、それだった。
「自信ないんじゃん」
「うー……」
きっと仁科は本気で嫌がれば、そういうことをやらない人だ。一緒にいる時間が増えたせいか、なんとなく分かる。
そして、自分がそれを本気で拒まないからそうなっている、という自覚もある。
だからこそ、上手く言えないけれど。
「でも、嫌なことは、されてない、から」
目を伏せて、そう言った。
自分でもまだ、嫌だと思わない理由に戸惑っていて、それ以上の言葉が見つからない。
「……そうか」
困ったように和都が言うので、春日は少しだけ口角を上げた。
「まぁ、嫌なことされたら言えよ。今度はちゃんと、助けるから」
「……うん」
和都はそう返しながら、再び春日の横に並んで歩き出す。
「あ、でも殺すのは、ナシにしてよ?」
「それは、そん時の先生の罪状による」
「情状酌量の余地も考えてあげようよ」
「多分、それはないな」
「えー、先生かわいそうじゃん」
そう言って和都が笑うのを見て、春日も一緒に目を細めて笑った。