第8話 アマ子、セレブになる
たかし:26歳の会社員。アマ子と付き合っているが、現状に不満を感じることがある様子。
アマ子:たかしの彼女。駄菓子屋の娘で回を追うごとに奇行が目立ってきている。
魔狗瓶:たかしとアマ子にしつこくつきまとう悪魔。不健康そうなビームを放つ。
1号:美を愛する正義のヒーロー。昭和っぽい根性論で美を語っているつもりだが、読む者には全く伝わってこない。赤のマスクがトレードマーク
2号:ただのいい人。たまに貧乏くささを感じさせるところが残念。トレードマークは緑。
3号:可憐な女性ヒロイン。事前の準備に抜かりはないが、たまに行き過ぎるところがある。
4号:黄色がシンボルの小太りのおじさん。たかしのことと自分の将来を心配している。
5号:青色の人。ベルマークを集めている。
「たかし、どれがいいと思う?」
定員の前に並べられたイヤリングを一つずつ耳にあてがいながら、たかしに意見を求めるアマ子。
「う~ん、ちょっとねぇ・・・」
似合うかどうかよりも、他のことが気になって仕方がないたかし。
「もう!ちゃんと答えてよ!どれがいいと思う?」
「アマ子ちゃん、確かに似合うと思うけどさあ、ちょっと高すぎない?」
「何言ってんのよたかし!別にあなたの財布なんてあてにしてないんだから!」
「いや、それにしてもちょっと高すぎるよ、アマ子ちゃん。もっと我々、庶民の身の丈にあったものを選ぼうよ。」
「もういい加減にして!あなたはどれが似合うかだけを答えればいいの!」
「う~ん、どれがいいって、その緑のもいいけど、やっぱこの白色もいいかな。でもまあ全部似合っているけどね。」
「あっそ。じゃあ、これ全部買うわ。」
「ええ?!ちょっとアマ子ちゃん、どういう風の吹き回し?」
「驚かないでよたかし。うちの会社がM&Aで大きな会社になるのよ。」
「え、M&A?!」
「そうよ。」
嬉しそうな顔でバッグの中から財布を取り出そうとするアマ子。
「M&Aって買収?・・・ってことはないから買収されるっていうこと?」
「何言ってんのよ!うちの会社がよそに買収されるわけないでしょ?M&Aよ!エムアンドエー!」
「じゃあ買収する側ってこと?そんな金どこにあったの?」
「うちにお金なんてないわよ。もうたかしったら鈍いわね。だから、M&Aでうちの会社がおおきくなるのよ!」
「アマ子ちゃん、それって買収されるってことだよ!きっと。でも変だなあ。〇いつ潰れてもおかしくない駄菓子屋を一体誰が?」
「もう!たかしったら全然わかっていなんだから!うちの会社は大きく羽ばたくのよ!これからそのエージェントの人に会いにいくからついてきて。」
会計を済ませたあと、二人はデパートを出てアマ子の先導で街中を歩いていく。
「アマ子ちゃん、よくわかんないけど、絶対に騙されているよ。」
「たかしったらひがんでいるのね。世界に進出するのがそんなにうらやましいの?」
「心配しているだけだよ。世界に進出するってどういうことだよ。」
「大金持ちになって、ハリウッドスターにだって会えるわ。」
「なんでおお金持ちになれるのかが全然わからないよ。」
「ムッシュ金村にだって会えるわよ。」
「ムッシュ金村って、ムッシュって言っているだけでハリウッドスターではないよ。」
2人は少し薄汚れた、怪しげなビルに入っていく。
階段を上り、「ポメラニアン商事」という立て看板が掲げられている部屋のドアをノックして中に入っていく。
「ようこそおいでくださいました。」
ダブルのスーツを着た、見るからに怪しげな男がアマ子たちを迎え入れる。
「はい、これ。持ってきたわ。」
アマ子はバッグから会社名のハンコが押してある書類を渡そうとする。
「アマ子ちゃん、その書類って何?」たかしがアマ子の手を取って確認をする。
「これ?これは土地の権利書よ。」
「ええ?!駄目なんじゃないそれ?!それお父さんに確認したの?」
「うん、私たちはスーパーセレブになるのよって説得したわ。」
「そんなんで説得される親っている?契約の中身も全然しらないんじゃない?」
「お嬢様、ご安心ください。今回の件で莫大な財産が確実に手に入ります。豪華なお屋敷に住む、執事を抱えた生活が待っておりますゾ。」
「ええ、これで私もスーパーセレブの仲間に入れるのね。」
「ええ、間違いありません。さア、その書類を早く渡してください。」
「ああ、駄目だアマ子ちゃん!そいつに書類を渡しちゃいけないよ!」
アマ子は聞く耳を持たず書類をその男に渡そうとする。
「グワッガッガー!たかしよオー、もうこの女は欲望の虜になったのだア!」
エージェントの男がニヤッと笑い、尖った牙を光らせる。
「お前はマクベ!やっぱり貴様だったのか!」
「グワッガッガ!お前がもがき苦しむ姿こそが俺様の最高のご褒美さア!」
「アマ子ちゃん!目を覚まして!こいつは悪魔のマクベだよ!ほら、この薄気味悪い手を見て!こんな鋭い爪をしている人間なんていないよ!」
「何言ってんのよたかし!セレブが普通の手をしている訳ないでしょ?私の心はもうすでに豪華客船で世界一周旅行が始まった気分なのよ。」
「ああ、駄目だ!アマ子ちゃん、話が通じない!どうしたらいいんだ?!」
「トワーオ」
ビルの窓から鮮烈な光が内部を照らし、美しき戦士たちを召喚する。
「海のように荒ぶれ、山のように構える。ビューティー仮面、赤の1号!」
「燦燦と降り注ぐ太陽は、誰のものでもない、みんなのものさ。ビューティー仮面、緑の2号」
「可愛いと美しいの二重取り。解き放つ妖艶さがあなたと仕留める。ビューティー仮面、ピンクの3号」
「我々は、ビューティー仮面だ!」
たかし「来てくれてありがとう、ビューティー仮面!・・・ところで、4号と5号は?」
一瞬の沈黙が通り過ぎる。
1号「リストラした。」
たかし「ええ?!なんでまた?なんかヒーローっぽくないぞ!?」
1号「立ち回りが地味だったんだ。」
たかし「そんなこと言うなよ!」
1号「そんなことより、アマ子を説得するのが先決なんだろ?」
たかし「そうなんだけど・・・どうすればいい?」
1号「よし!往復ビンタを喰らわせて目を覚まさせてやるんだ。」
たかし「それ女の子にやることか?それこそ正義のヒーローっぽくないぞ。もっと自然と我に返るような方法はないのか?」
2号「『蛍の光』を歌って強制的に帰らせよう!」
たかし「ほ~た~るの~ひ~か~り、ええ、本日はご来店いただきまして、誠にありがとうございます。当店は夜8時を持ちまして、閉店させていただきます。って、なんで夜8時で閉店なんだよー!じゃなくて、それはただ店から帰らせるだけで、我に返るとは意味が違うんだよ!もっと、なんというか、お金に目が暮れて痛い目にあった話とかで目が覚めないかな。」
3号「それならお金に取りつかれて狂乱した不動産バブルの話をしてあげればいいんじゃない?」
たかし「え?ああ、そうだな。えー、アマ子ちゃん、1980年代に土地は値崩れしないという不動産神話を信じた人たちが、バブル景気に踊らされて、っね。わかるでしょ?バブルが崩壊して痛い目にあったんだから!そういうことだから!」
アマ子「何言ってるのか、わかんないわよたかし!そんな変な心配していないで、あんたもこのエージェントさんにちゃんとお礼を言って!」
マクベ「グワッガッガー!さア!礼をしてみろ、たかしよオ!グワッガッガー!」
アマ子「ほら、またお金持ちそうな方が入ってきたじゃない。」
たかしたちが入ってきたドアから、ずんぐりむっくりとした金持ちそうな男性がスーツケースを手にして部屋に入ってくる。
アマ子「見て、たかし。金持ちは金持ちを呼ぶのよ。お金持ちは自然とお金を持っている人と引き合わせるのよ。」
男性「お嬢ちゃん、俺は金を持っているぜ。金を持っているけど、金よりも大切なものも持っているぜ。」
男性は着ていたマントを脱ぎ去り、顔に手をかけて自分の顔をはぎ取るようにして変装を解く。
たかし「あ、お前は!」
「デブって、一括りにしちゃいけないんだぜ!俺たちの人生、黄色信号、ビューティー仮面4号!」
たかし「おお!4号!リストラになったんじゃなかったのか!」
4号「俺は死んでなんかいないさ。いつだって何度だって蘇ってみせるぜ!」
くるっとアマ子の方に振り返って諭すように話す。
4号「お嬢ちゃん、確かに俺はお金持ちだ。スーパーに行って試食コーナーを素通りしてその商品を買うことができるような金持ちだ。でもなあ、お金で買えないものが二つあるんだぜ。それはなあ。健康と愛だ。」
たかし「二つあるじゃねえか!」
4号「お嬢ちゃん、見てごらん。金持ちでこんなに腹が出ていても素敵な男性に見えるかい?」
腹を愉快に叩きながらアマ子を諫める4号。
アマ子「なんかキモくて引くわ。金持ちと腹が出ているの関係ないし。」
4号「え?」
アマ子「ジャンクフードばっか食べてそうだし、金持ちに見せかけている小太りデブって感じね。」
4号「そんな・・・どうしてわかった?」
マクベ「グワッガッガー!ようやく気がついたか?アマ子よ。こいつらはこういう気持ち悪い奴らなんだよオ!こいつらの美しさとやらは偽物なのさア!」
アマ子「たかし!あたしもう騙されない。ビューティー仮面はビューティー仮面なんかじゃないんだわ!」
マクベ「グワッガッガ!そうだア、アマ子!この調子でお前の駄菓子屋でイチゴチョコのイチゴを全部ハバネロに変えて子供たちの舌を壊滅させてやろうぜエ!」
たかし「おい!逆効果になってるじゃないか!美しくないって言われているぞ!ビューティー仮面!」
1号「そんなことはない!我々は正義を愛する美しきヒーローだ!」
2号「僕たちは正義を愛し、自然を愛して戦う、正義の戦士なんだよ!」
アマ子「2号は貧乏くさいだけじゃない!」
2号「ええ?!」
3号「アマ子さん、私たちは身も心も美しき正義を愛する戦士たちよ?みんなあなたのことを思って頑張っているんだから!」
たかし「そうだよアマ子ちゃん!どう見たって美しきヒロインじゃないか!」
アマ子「この人はたかしの家に勝手に出入りして物色する変態泥棒ピンク女よ!」
3号「そ、そんな・・・」
1号「アマ子よ!いい加減に気づけ!我々の働きによって何度も窮地を救われたではないか!この筋肉の美しさがそれを物語っているだろ?!」
1号が鍛え上げられた筋肉美のポーズを取る。
アマ子「こいつは筋トレ以外に能がない典型的な筋肉バカね。」
1号「えぇ・・・」
マクベ「グワッガッガー!どうだア?!アマ子はなア、我がしもべとして頂くことにするゾ!たかしよ!グワッガッガ!」
たかし「そんな・・・アマ子ちゃん!いい加減に目を覚まして!」
アマ子「目は覚めているのよ!たかし!お金を持つ人間こそが世界を支配していくのよ!」
たかし「アマ子ちゃんはそんな子じゃなかったのに!スーパーで焼き鳥食って満足するような女の子だったのに!」
「ちょっと待ったあ!」
たかし「誰?」
部屋を仕切っていた扉がふすまのように両側に開き、中から煙が充満していく。
たかし「なんだ?!これは?」
5号「みんなー!俺が見えるかー!」
奥の部屋からガラス張りの巨大な熱湯風呂に服を着たまま浸かっている5号の姿が見えてくる。
たかし「5号?お前もリストラされたんじゃないのか?」
5号「たかし君!見てわかるだろ?僕が今どうなっているのか!」
たかし「熱湯風呂に入って汗だくになっているように見えるけど・・・」
5号「そうさー!前回、火あぶりの刑にしようと提案したのが僕だからね。あれから少し考えたのさ!自分の発言がいかに危険なことなのか、身をもって体験しているのさ!」
たかし「まあ、どちらかと言えば釜茹での刑だけどね。」
5号「自らが罰を受け、自らで罪を昇華させ、己を浄化する。流れる汗が新たな己を開放し、新しい姿を産み出す!ニューヒーローの誕生だ!」
たかし「何言ってんだか全然わかんないぞ、5号!」
「ブー!ブー!ブー!ブー!」
充満した煙で部屋の火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーが作動する。
アマ子「キャー!冷たい!」
たかし「おい!スプリンクラーが回り始めたぞ!誰か止めてくれ!」
「よしわかった!」
1号が傍にあった椅子を持ち上げて5号の入っている熱湯風呂を破壊し、ダムが決壊するかのように熱湯が辺りに飛び散る。
たかし「馬鹿か!そっちの方が被害が大きくなるじゃないか!・・・あれ?」
熱湯はすさまじい勢いで周辺に飛び散り、周囲は水浸しになる。
2号「あまり熱くないね。」
4号「どちらかと言えばぬるい感じがした。」
たかし「5号、これは?」
5号「本当の熱湯だと辛いから、ぬるま湯にした。」
たかし「ええ?あんなに気合を入れていたのに?」
周囲があぜんとした様子で5号を見つめる。
1号「よし、今だ!」
美仮面「あぶく銭で遊んでいる奴ら撃退パンチ!」
マクベ「グエ~、今回はうまく行くと思ったのに~」
悪魔は山を越え太平洋の彼方へと消えていった。
たかし「ありがとう、ビューティー仮面!」
1号「君たちが無事で何よりだ。」
たかし「そういえば、アマ子ちゃん、大丈夫?」
アマ子「たかし、M&Aはどうなったの?」
たかし「アマ子ちゃんがまだ洗脳が解けていない?!」
3号「アマ子さん、M&Aっていうのは、エムアンドエヌズ・チョコレートのことよ。」
たかし「そんなんで目が覚めるわけないじゃないか!」
アマ子「なるほど!そういうことだったのね!」
たかし「なんでそれで目が覚めるんだよ!俺たちの時間を返せ!」
「ちょっと、どうなっているの!」
下の階からスーツ姿の男性が怒りの形相で部屋に入ってくる。
「どういうことですか?うちの店、雨漏りしているんですよ!お客様にかかって大騒ぎになっているんですから!どうしてくれるんですか?!」
たかし「えっと、・・・エムアンドエヌズ・チョコレートを渡すんでで許してもらえませんか?」
男性「ああ、それならいいよ!」
たかし「いいんだ、それで!あー良かったわー。」