第7話 フィットネスで愛の試練
人物紹介
たかし:26歳の会社員。アマ子と付き合っているが、現状に不満を感じることがある様子。
アマ子:たかしの彼女。駄菓子屋の娘で回を追うごとに奇行が目立ってきている。
魔狗瓶:たかしとアマ子にしつこくつきまとう悪魔。不健康そうなビームを放つ。
1号:美を愛する正義のヒーロー。昭和っぽい根性論で美を語っているつもりだが、読む者には全く伝わってこない。赤のマスクがトレードマーク
2号:ただのいい人。たまに貧乏くささを感じさせるところが残念。トレードマークは緑。
3号:可憐な女性ヒロイン。事前の準備に抜かりはないが、たまに行き過ぎるところがある。
4号:黄色がシンボルの小太りのおじさん。たかしのことと自分の将来を心配している。
5号:青色の人。ベルマークを集めている。
たかし「フン、フン、フン、フン・・・」
アマ子「ン!ン!ン!ン!・・・」
休日にフィットネスでトレーニング・ジムに励むたかしとアマ子。
たかし「いやあ、社会人の嫌なストレスはジムで汗を流して浄化させるのが一番だね、アマ子ちゃん。」
アマ子「そうね、たかしを思いっきりビンタするよりもスッキリして気持ちいいわ。」
たかし「もうアマ子ちゃんたら、いつからそんなバイオレンスになったんだい?ほら、いつまでも、きゅうりにかぶりついてないで、ダンベルでも持ったらいいんじゃない?」
アマ子「なんで私がきゅうりにかぶりつかなきゃならないのよ!もうすでに持っているわよ!緑色のダンベル!ねえ、たかし!あんたこそ若ハゲ散らかしていないでちゃんと筋トレしなさいよ!」
たかし「駄目だよアマ子ちゃん!若ハゲ散らかすなんて言葉使っちゃ!それに俺、ハゲてないし!」
アマ子「冗談に決まっているじゃない!たかし!ベンチプレスをやってみて!」
たかし「よし!任せとけって!」
2人はバーベル器具のところへ移動し、たかしは専用の椅子で仰向けになり、持ち上げる体勢を取る。
たかし「見ててね、アマ子ちゃん。こうやって持ち上げるんだよ。」
バーベルを固定された箇所から持ち上げて自分の胸付近に寄せてから再び持ち上げる。
アマ子「すごいじゃん!たかし!」
たかし「これくらい大したことないよ。」
アマ子「そう?じゃあこれを足してみても大丈夫?」
アマ子がバーベルの重しを両側に足す。
たかし「全然大丈夫!余裕余裕!」
アマ子「じゃあこれはどう?」
たかし「全然へっちゃらさ!」
アマ子「じゃあこれは?」
たかし「うーん、ちょっと重いかな。アマ子ちゃん、ちょっと元の位置に戻すの手伝って。」
たかしは苦しそうな顔を浮かべてアマ子に助けを求める。
たかし「ちょっと、アマ子ちゃん!もう無理だよ!元に戻すのも一苦労なんだ!」
マクベ「そうか!それがお前の限界か?」
不気味な青黒い色の悪魔が鋭い爪を光らせ、突如として姿を現わす。
アマ子「キャー!助けて!」
たかし「お、お前はマクベ!また現れたのか!」
マクベ「グワッガッガ!たかしよ!なぜ体を鍛えようとしているんだア?お前は小太り代表のままでいいんだよォ!」
たかし「うるせえ!勝手に小太り代表にするんじゃねえ!それよりもその重しを早く取ってくれ!」
マクベ「グワッガッガ!たかしよ!お前にはこの重しに貼ってあるメッセージがわからないのかア?」
たかし「なんだよ?!それ?ただ『負けるな!』って書いてあるだけじゃないか。」
マクベ「これはなア、お前のクソみたいな上司が書いた励ましのメッセージだア!」
たかし「なんでそんなものを持っているんだお前は!おい!アマ子ちゃんを放せ!」
マクベ「グワッガッガ!たかしよ!お前は励まされるがままに頑張って押しつぶされればいいのさア!」
たかし「くっそ~!誰かー!助けてえ~!」
「トォーウ」
トレーニング室の隅々から光が放たれるかのように5人の戦士が姿を現す。
1号「情熱の赤が美しさの証明。しなやかな筋肉で美しき愛を語る、ビューティー仮面1号!」
2号「自然と一体化すれば自ずとわかるさ。借りたものは返さない。ビューティー仮面2号!」
3号「得意料理は焼き豚チャーハン。癒しのピンク、ビューティー仮面3号!」
4号「太っていると思わなければ太っていないんだ。黄色の色はカレーの味、ビューティー仮面4号!」
5号「僕の夢は働かなくても普通に生活できること。広い大空の青、ビューティー仮面5号!」
1号「さあ、たかしよ!我々が来たからには大丈夫だ!」
マクベ「クッ!毎回邪魔しやがって!」
マクベはアマ子を盾にしながら後ろに下がる。
1号「悪魔よ!お前の悪事もこれまでだ!これ以上たかしに近寄るんじゃない!」
マクベ「グワッガッガ!俺様のしつこさは尋常じゃないんだア!登録した覚えのないスパムメール並みにしつこいからなア!」
1号「無駄なことはよせ!俺たちが貴様を成敗する!」
たかし「ちょっと待ってくれ!」
1号「どうした?!たかし!」
たかし「このバーベルを元の位置に戻してくれないか?重くて押しつぶされる。」
1号「たかし!自分の限界に挑戦してみろ!」
たかし「お前が悪魔か。人には人の限界があるんだよ!」
2号「たかし君。僕たちが持つよ!」
2号と4号が両サイドのバーを持って所定の位置に戻し、たかしはようやくバーベルの重みから解放される。
たかし「あー、助かった。ありがとう。」
4号「もう大丈夫だぞ!たかしよ!あとは私たちに任せたまえ!」
たかし「お前さあ。」
4号「“お前さあ”?」
たかし「さっき、“太っていると思わなければ太っていない”とか言っていたけど、お前は太っているからね。」
4号「何を言うんだ、たかしどん?!見ての通り太ってなんかいないよ?」
たかし「いや、太っているよ。お前こそ小太り日本代表だよ。ほら、他のメンバーもお前のこと“太っている”って眼差しで見ているぞ。」
4号「どんな眼差しだよそれ。それにたかしどん、“お前”って言い方は納得いかないなあ。」
2号「まあまあ二人とも熱くならないで。ここで喧嘩をしていちゃ駄目だよ。」
たかし「2号、お前もさあ。」
2号「え?!」
たかし「お前もさっき、“借りた金は返さない”みたいなこと言っていたよな?お前は本当にヒーローなのか?」
3号「ちょっとたかし君!ジムなんか来ている暇があるんだったら、アンモニア臭のする自分の部屋でも片付けていなさい!」
たかし「俺の部屋はアンモニア臭なんてしねえよ!変な誤解が生まれるだろ!それに、3号!お前もさっき“得意料理は焼き豚チャーハン”とか言っていたなあ!それ得意料理って言えるのか?ただ炒めただけじゃねえか!女子力が低すぎるぞ?!」
5号「たかし君、そろそろ悪魔と対決しないと!アマ子ちゃんが囚われているんだよ?!」
たかし「5号、・・・お前はいいわ、別に。そこらへんで佇んでいてくれればいいよ。」
5号「たかし君!僕だって立派に戦えるんだよ!」
たかし「いや、いいよ。お前はただベルマークだけ集めていればいいんだよ。」
マクベ「グワッガッガ!相変わらず仲間割れが得意だなア!お前らが争っているうちに、この女の頭を粉々にしてやるゾ!」
マクベはダンベルを手にしてアマ子の頭にぶつけようとする。
たかし「やめろ!アマ子ちゃんを放せ!」
マクベ「グワッガッガー!おとなしく言うことを聞くんだなア!」
たかし「くそ!どうすれば?!」
1号「この鉄の塊を思いっきりぶつけてやる!」
たかし「やめろよ1号!そんなことしてアマ子ちゃんに当たったらどうするんだ?」
2号「たかし君、これを使って!」
たかし「何だ?!それは?」
2号「底上げになったコンビニ弁当だ!」
たかし「何言ってんのお前?食べたら思ったより量が少なくて残念だったねって?それでどうしてアイツがアマ子ちゃんを解放するの?それに、お前が差し出すってことは、どうせ賞味期限が切れているんだろ?自分で責任を持って処分しろよ。てか、ちゃんと救出方法を考えてくれ!」
マクベ「グワッガッガ!たかしよ!お前が死ねばすべて丸く収まるのだゾ?!大人しくやられればいいのさア!」
3号「たかし君は可哀想な人なのよ!営業先のお気に入りの子にいつもケーキ屋さんで買ったお菓子を持って行っているのに、裏でチーズショコラって言われているのよ!」
アマ子「ちょっとたかし!どういうこと?」
たかし「いや、それはちょっと誤解というか・・・なんでそんなこと知っているんだ?いや、アマ子ちゃん、営業戦略だよ営業戦略!『将を射んとする者はまず馬を射よ』って言うだろ?ていうか、チーズショコラって言われてんの?俺?」
4号「たかしどんよ、俺はもうだめかもしれない。」
たかし「どうしたんだ4号?!」
4号「さっき、ランニングマシーンを使おうとしたら、隣で走っていた女性が一つ隣のに移って走り始めたんだ。」
たかし「それは残念だったな。でも、まあ男ってそういうことってあるから気にするなよ。」
4号「おそらく彼女は仮面越しにでもわかる俺の美しさ想像し、惚れてしまうことを恐れたのだろう。」
たかし「いや、仮面だからじゃない?仮面をかぶっている小太りのおじさんが隣にきたら、よけるどころか逃げるけどね。普通。逆にすごいよ、その子。ていうか!今、アマ子ちゃんをどうやって助けるかを考えているんだから!真剣に考えてくれよ!」」
5号「たかし君、僕も考えたんだ!」
たかし「おお!どうすればいい?」
5号「火あぶりの刑にしよう!」
たかし「いきなり怖いこと言うなよ。びっくりするわ。いや、あいつをやっつけないといけないんだけどさあ、まずどうやってそういう態勢に持って行くかっていうのが先の問題だから。ていうか、できるもんならやってみてくれよ。」
マクベ「グワッガッガ!さアーて、お前らが仲間割れをしているうちに、サッサとこの女を始末しようかア!」
「待って!お願い!」
アマ子が健気に訴えかける表情でマクベを見つめる。
マクベ「グワッガッガア!そんな顔をしたところで俺様には通用しないのさア!」
アマ子「お願い!先にたかしを殺してからにして!」
たかし「え?ええ?!」
マクベ「ガワーグワッガッガ!アーそうかア!たかしに死んで欲しかったかア!グヴァ―ガッガッガ!たかしよ~聞いたかア?お前が先に死なないと、この女が先に死ぬゾ!早くこっちにこい、たかし!早くしないとこの女の顔をぶちのめすゾ!」
「マクベよ、もうやめるんだ!これで許してやってくれ!」
4号がグーにした手をマクベの前に差し出し、握った拳をゆっくりと解いていく。
マクベ「なんだア?そのくしゃくしゃの紙は?」
4号「さっきゴミ箱で拾ったものさ。」
たかし「まさか、例の励ましのメッセージか?」
4号「読み上げよう。」
「肉体美を愛するあなたに。本当の美しさを伝えたい。」
たかし「どういうことだ?4号?」
4号「これは先ほど私が女性に渡したものだ!ほんの数分前になのにもう捨てられているぞ!」
たかし「4号!そんなこと別にばらさなくていいんだぞ?!なんで自分で読み上げるんだ?」
4号「俺がこんなに身を削っているんだ!悪魔よ、もう許してやってくれ!」
たかし「よくわかんないけど、おい!マクベ!そろそろ許してやれ!こんな可哀想な奴、見たことないだろ?
マクベ「グワッガッガー!無様なお前たちにはお似合いじゃねえか!」
「キッモ!オウェ~」
アマ子が吐くしぐさで倒れ込む。
たかし「駄目だよアマ子ちゃん!ヒロインが吐く姿を見せちゃ!」
「いまだ!喰らえ!ウォーターサーバーだ!」
1号はマクベに台ごとウォーターサーバーを投げつける。
マクベ「グウォ!」
美仮面全員「スマホいじるならトレーニング器具占領するんじゃねえよパンチ!」
マクベ「グェ~!覚えてろよ~」
マクベは廊下を突き破って地の果てまで消えていく。
たかし「ありがとう、ビューティー仮面!」
1号「当然のことをしたまでだ。」
アマ子「おかげ様で助かったわ!」
たかし「アマ子ちゃん、そういえばさっき俺を先に殺してって言ったよね?」
アマ子「何言っているのよたかし!あの状況でアイツを誤魔化すにはあれでよかったのよ!」
2号「たかし君、あのときはあれでよかったんだよ!」
3号「そうよ!アマ子ちゃんを責めたら駄目じゃない!もっと空気を読める人になりなさい!」
たかし「いや、別にそういうつもりじゃないんだけど・・・アマ子ちゃん、怒っている?」
アマ子「怒ってなんかいないわ!」
4号「たかしどん、気の利いた慰めの言葉を送ってあげるんだ!」
たかし「え?えっと・・・フィットネスで痩せてファット・レスだね。」
アマ子「火あぶりの刑ね。」
たかし「怖すぎるわ。」